フランス革命後の時代に大躍進したナポレオン。このときナポレオンの野望を阻止したイギリスの英雄がいました。
この記事では、ナポレオンの侵攻を阻止した「トラファルガーの海戦」を、戦略がテーマのビジネス書「胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス書」よりご紹介します。ぜひ最後まで読んで、華麗な勝利を収めたイギリスの英雄の戦い方を学び、これからの人生に活かしていってください。
目次
フランスの侵攻を阻止する戦い
イギリス海軍が、ナポレオンの野望を阻止する戦いを見ていきましょう。
ナポレオンの野望
日本が江戸時代の後期を迎えていた頃、フランスでは革命が起き、国内が揺れていました。1799年、軍人のナポレオンがクーデターによって政権を奪います。これは軍事政権が生まれたということ。
しかし、右往左往する政権に嫌気がさしていた国民が多かったこともあり、ナポレオンの登場は大歓迎されました。
カリスマ的なリーダーとして巨大帝国を築こうと考えたナポレオン。当時のフランスはヨーロッパ諸国にケンカを売りまくっていたので、ヨーロッパ中の敵になっていました。
「対仏大同盟」という、わかりやすく言えば「フランス許さないぞ同盟」がナポレオンにとっての難題でした。
それでもナポレオンは、イタリア遠征を敢行。「ナポレオン敗死」という誤報が伝わるほどの苦戦だったものの、なんとか勝利を収めます。この結果、ナポレオンの地位は盤石なものに。自らが皇帝の座につき、フランス帝国を立ち上げたのです。
そしてナポレオンは、イギリス本土への侵攻を狙っていました。このためイギリスとフランスの間にあるドーバー海峡の突破を目指します。
しかし、フランスの港の一部はイギリス海軍が封鎖していました。ナポレオンは海上封鎖に遭っていたフランス海軍のヴィルヌーヴ提督に「北上して封鎖から抜けよ」と指示します。
ヴィルヌーヴは封鎖のスキをついて脱出に成功。イギリス海軍を西インド諸島(カリブ海)へ誘い出す作戦に出ますが、スペイン近海でのイギリス海軍との海戦に敗れ、作戦は失敗します。ヴィルヌーヴはやむなくスペイン南部の港へ入りました。
これを見て、ナポレオンはイギリス上陸は無理だと判断。陸続きのオーストリア攻撃に向かおうと考えます。
ヴォルヌーヴは失態を挽回するために、イギリスと敵対しているスペイン海軍を引き入れ、フランス・スペイン連合艦隊としてナポレオンと合流しようとします。
トラファルガーの海戦
フランス海軍との戦いを指揮していたのが、イギリス海軍の地中海艦隊司令長官であるネルソンです。若い頃から軍人として活躍していた彼は、多くの功績を残していました。
ネルソンは海上封鎖作戦に参加し、ヴィルヌーヴ艦隊を見張っていました。フランスの動きを知り、スペイン南部のトラファルガー沖でフランス・スペインの連合艦隊を待ち受けます。
ここでネルソンはハイリスクな作戦を実行します。海戦では、船隊が1列に並んで敵と対峙するのが普通。しかしネルソンはあえて自軍を2列に分けました。敵の列に突入するという作戦を選んだのです。これは先頭を行く船が敵の集中砲火をうけるというハイリスクなもの。
一方で、ひとたび敵の懐に入り込めれば敵を分断でき、接近戦に持ち込みやすいというメリットがあります。当時の戦艦の弱点だった船の後方も狙いやすいのです。また、艦船の数における不利を補うためだったとも言われています。
こうして1805年10月21日、トラファルガーの海戦が幕を開けました。
リスクの先頭に立って士気を高める
ネルソンは、もっとも危険とされる隊列の先頭を走る旗艦・ヴィクトリー号に乗り込みました。そしてほかの戦艦に向かって「イギリスは各員が責務を果たすことを期待する」と信号旗を掲げます。これは噛み砕くと、「オマエたち頼んだぜ!」というメッセージでした。
ネルソンは自らリスクの先頭に立ち、現場の士気を高めたのです。
イギリス軍はヴィクトリー号とロイヤル・ソブリン号を先頭にして連合艦隊の列に飛び込んでいきます。連合海軍は戦闘の各艦に猛攻撃をかけますが、2列の突進を阻止することはできませんでした。
この結果、ネルソンの描いた敵軍の分断は成功。イギリス海軍は接近戦に持ち込みます。ヴィクトリー号は司令官が乗る船に反撃を仕掛け、司令長官であるヴィルヌーヴを捕虜としました。
ロイヤル・ソブリン号もしスペイン船を大破。最終的にイギリス海軍の損害は0隻に対し、フランス・スペイン連合海軍は17隻を拿捕。ネルソンは華麗な勝利を収めました。
イギリスの英雄の最期の言葉
イギリスの英雄として語り継がれるネルソンのその後を見ていきましょう。
歴戦の戦士、ネルソン
イギリスの軍人であるネルソンは優れた戦果を挙げました。
フランス革命時の戦争ではコルシカ島(地中海にあるフランスの島)の攻略、テネリフェ島(アフリカ大陸の北西部に位置するスペイン領カナリアの一部)への上陸作戦などに従軍。ナポレオンがエジプト遠征を敢行した際にフランス海軍に大打撃を与えています。
しかし、コルシカ島の攻略では右目の視力、テネリフェ島上陸作戦では右腕を失っています。その風貌は「歴戦の戦士」そのものだったことでしょう。
理想的なリーダーのあり方
トラファルガーの海戦に勝利したネルソンですが、イギリスに帰って国民の祝福を受けることはありませんでした。
なぜならこの後、フランス海軍と交戦し、ネルソンは撃たれてしまったからです。ネルソンは「神よ、私は責務を果たしました」と言い残して命を落としたと言います。
その活躍が高く評価されているネルソン。現代でもイギリスの英雄として語り継がれています。自ら先頭に立ち、リスクを負うという、理想的なリーダーのあり方だと言えるでしょう。
まとめ
リスクを顧みず、自ら先頭に立って、トラファルガーの海戦で華麗な勝利を収めたネルソン。イギリスの英雄として、現代でも語り継がれています。
自ら先頭に立ってチームを鼓舞することは、ビジネスにおいても非常に効果的な施策です。ネルソンの戦い方は、現代にも通用するといえるでしょう。
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