教育業界にとどまらず、ビジネス業界からも注目を浴びる小学校教諭、ぬまっち。アナザーゴールでモチベーションを高め、楽しみながら本来のゴールを達成していく。子どもたちのやる気を引き出すぬまっちメソッドを実践例とともに紹介します。
目次 「意欲を引き出すにはどうしたらよいですか」と最近よく聞かれるようになりました。意欲とは溜めていくものです。 心理学者アブラハム・マズローの「欲求5段階説(欲求のピラミッド)」をご存知の方も多いと思います。信頼関係を築いて承認欲求を満たすことで、次の段階の自己実現欲求=意欲が溢れ出すのです。 僕は給食の前の授業には、プリントなどをやらせています。子どもたちはお腹が空いてきて、どうせやる気が出ないからです。そんなとき授業で食べ物の話などが出れば「お腹空いた」ばかり言い出します。 信頼関係を高めるためには、「承認欲求」=「見て見て欲」を高めて、失敗できる関係をつくってあげることが大切です。 まずは、環境づくりです。笑ってもいい。話してもいい。意見を言ってもいいのだという環境です。こういう環境があるということが大事です。 ほめられたときにどういうリアクションをするのか、子どもたちも意外と知らないのです。怒られたときにどう逃げるかはよく知っているのに。子どもも大人もそうです。 僕も、今の小学1年生にこんなことをしています。「○○さん、いいじゃんそれ」と言うと照れて固まってしまう子がいる。そうすると「○○さん、今ほめられてますよ~♪」と言いながら、ノリのいい子を前に呼んで、ほめられたときのリアクションをお願いしたりする。ウォーと喜びのポーズを決める子を見て、喜ぶ練習をするのです。そのうちにできるようになります。 ほめられたときのリアクションは練習しないとできない。それは、アメリカに行ったときに気付きました。アメリカ人の子どもは笑顔をつくるのがとてもうまい。「写真撮りますよ」と言った瞬間にニコっと笑います。うまい。 承認欲求を満たすためには、ほめなさいとよく言われます。けれども、ほめるのは難しいことです。そもそも、できていないことをほめるのは難しいです。おいしくないご飯をおいしいと言えるでしょうか。 そんな状態でどうしたらよいかというと、承認欲求には図のような段階があります。 次に、「気付く」。これはで思い浮かぶのは某アイドルの握手ルームです。握手すると「あー、この前も!」と言いますよね。覚えていなくても。あの方たちは気付くのがうまいです。 そして、レベル4でやっとほめるです。ですから、無理にほめなくてもいいのです。 そして、この「ほめる」の上は、僕のオプションなのですが「喜ぶ」です。相手がやってくれたことで、自分が喜ぶ。ほめていない、ただ喜ぶ、感謝するということです。 これには、さらに追加オプションがあります。「人から聞く」です。うれしかったことを、その子のお母さんに言いまくりました。お母さんは「家では全然やらないんですけどね~」などと言いながらもその子に「ぬまっちすごく喜んでいたよ」と伝えるわけです。これはすごく効果があります。 こんな質問をしていませんか。「どうして宿題やらないの?」「なんで忘れたの?」「どうしてそんなことしたの?」こういうことを言われると、相手は隠そうとして嘘をつくようになります。つまり、嘘をつかせたのはあなたかもしれないのです。 指導とほめる、どちらがいいのでしょうか。指導だけだと、ある程度成長は早いです。大きく失敗もありません。とりあえずはできるようになります。教えるからです。 ほめているだけだと、大きな失敗もします。レベルアップに時間が掛かります。自主性も育ちますが、問題は低レベルで落ち着く可能性があることです。ですから、これをうまくミックスして教育をしていかなければなりません。 では、どうやって関わっていくのか。「A このカレーおいしいけどからい」「B このカレーからいけどおいしい」このフレーズ、普通はAのほうがからく感じます。言い方を変えているだけで同じことを言っています。けれども、情報も順番を変えるとこんなに違うのです。 これを指導する場面に置き換えると、先輩が後輩に何か教えてあげる場合などもそうですが「もっとこうしたらいいよ、こういう点はいいんだけどね」と、先に目についた視点から指導しがちです。こういう流れだと、相手はほめている部分を聞いていません。 そのときに、めんどうだけど「I(アイ)メッセージ」にする。とにかく、最終決断を相手にさせるということも大事です。例えば、先生が生徒にプリントを10分でやらせたいなと思っているとします。そんなときは「このプリント何分でできる?」と聞きます。3分、20分、3日…と答えが返ってきます。そうすると、10分という答えもたいてい入ってきます。そこで「じゃあ、真ん中をとって10分にしようか」とする。 Another Goal methodという言葉があります。自分たちのやりたいことを達成するために、もうひとつの違うゴールを設定しようというものです。 それと同じで、遠くのゴールを最初から目指すと疲れてしまう。アナザーゴールを追いかけていたら、気がついたらゴールをしていた、というのがいいです。「人参作戦=馬に人参をぶら下げてゴールを目指す」のと同じです。 「ダンシング掃除」というのをつくりました。何かというと、掃除はめんどくさいというのがもともとありました。そして、時間に対する意識の低さ。時間どおりに終わることはありません。そもそも、時計を見ていませんでした。 SPHFは僕の思いつきです。ある日「さんまを食べておいしかった」という話をしました。すると「僕も食べた」とか「おいしいよね」という声があがる中で「食べるのが苦手」という子も当然出てきました。 その年、さんまは1尾100円ぐらいでした。40匹用意して、最悪自腹になっても5000円もかからないなと。早速、給食担当の方に相談したら、さんまを焼いてくれることになりました。 彼らのアナザーゴールは「さんまの骨を綺麗に取り出すこと」でした。「さんまを食べること」ではなかった。けれども、練習しているうちに魚をだんだん食べることになります。2週間後までに最高で7尾食べて練習してきたご家庭がありました。本番の前日の夜には35名中、21名の子どもがさんまを食べる練習をして、最後の調整をしてきてくれました。 SPHFは、担任と保護者、子どもの協力体制、信頼関係があったからこそ実現できました。奇抜なことを言う担任を信頼して、子どもの練習したいという意欲におもしろがってつき合ってくれる保護者がいた。 いかがだったでしょうか。家族や職場でのコミュニケーションの中で「やる気を引き出すぬまっちメソッド」をぜひ使ってみてください。 サンクチュアリ出版に遊びにきませんか?意欲を引き出すための信頼関係
意欲のコップを満たしておく
何を溜めるのか。まずは「声かけ」で溜めていく。次に「信頼関係」を溜めていきます。意欲のコップをこれらで満タンな状態にしておくと、何かの瞬間に意欲が溢れ出していきます。信頼関係の土台を満たす
ですから、授業の勝負は1、2時間目。3時間目ぐらいまででしょうか。また、給食を食べ終わり昼休みをたっぷりとった5時間目に、U2という子どもたちが一番楽しみにしている時間を組んでいます。お腹も満たされて、眠くなりやすい時間だからです。信頼関係を高める環境づくり
実は、この欲求はそもそも満たされることはありません。承認欲求は皆満たされていないのに「私だけ満たされていない」と不安な気持ちになっているのではないかと僕は考えています。ただ、「見ているよという感じ」を少しずつ出すことはできます。
例えば、会議で社長が何かおもしろいことを言ったとします。そのときに、声に出して笑ってもいい雰囲気があるかどうか。僕はこんなふうに外で話をさせてもらうようになって、自分でもうまくなったなと思うことがあります。講演後に声をかけてもらったときの「ありがとう」で、笑顔が出るようになったことです。
怒られたらどうするか。黙って下を向いてやり過ごそうとする。これは小さい頃から繰り返し学んでいることです。でも、ほめられたときの反応はあまり身に付いていない。
なぜなら、練習しているからです。今日写真を撮る日だから、スマイルの練習するわよ、と家でやっているそうです。ですから、ほめられた後の練習はみなさんにもおすすめします。
笑ってもいい。話してもいい。意見を言ってもいい。こういう環境が安心感を生みます。ほめるのは難しい、見るのは簡単
レベル1は「見る」。そっちを見る、ただこれだけです。これが日本一うまいのは某男性アイドル事務所です。東京ドームで何万人というお客さんの顔をただ見ているだけです。けれどもファンは「今、目があったー!」と喜んでいる。5万人に対して目が2個しかない。合うわけがありません。けれども、左側を見るだけで何千人の人が目が合ったと思う。
僕もよく授業中など、子どもが何かする前に目を合わせてうなずき合うことがあります。何が「うん」なのか分かりませんがキャッチボールができたような気はします。
向こうは僕の何かを感じ取っている。僕は何も思っていない。でも、向こうが思ったのならそれでもいいと思います。「これ分かる人?」とクラスに声をかけて、皆が手を挙げたら、誰かを指す前に左右全員の顔を見渡したらいいのです。見る、気付くあたりでも充分
その次は、「認める」。「気付く」と「認める」は同じように感じますが、「認める」ほうが圧倒的にレベルが高いです。
「見る」「気付く」あたりでも充分なのです。それを無理にほめようとするから疲れてしまうのです。ほめるというのはこんなにレベルが高いので、いきなりやらなくてもいいのです。
例えば、家に帰ってみたら珍しくご主人が片付けをしてくれていたとします。ここで「片付けしてくれたんだ、えらいね」とは言わないですよね。でも「片付けてくれたんだ」と気付いてもらえただけで、たまにしかしないご主人はうれしいのです。ほめるのオプションは喜ぶ
例えば、去年の4年生の話です。僕は片付けが苦手なのに整理整頓の本を書いているのですが、机がすぐ汚くなる。片付けができない人なりに知恵を持っていて、ワークスペースだけはつくれる。その周りは汚いのです。
ある日見たら、綺麗になっていた。「どうしたの、誰がやったの?」と聞いたら、「ぬまっちができないから片付けておいた」とある児童が言うのです。僕がものすごく喜んだら、その日から学年が終わるまで、毎日机は綺麗でした。
学校でやるとしたら、教頭先生や校長先生に頼んで「あの担任すごく喜んでいたよ」と言ってもらう。会社であれば、同僚に頼んで、自分が喜んでいたと伝えてもらう。そうすると何倍にもなって伝わります。直接ほめられるより、結構うれしい。レベル5の「ほめる」事案があったら、必ずオプションを付けてほしいと思います。意欲を引き出す言葉がけ
嘘をつかせたのはあなたかも
大人もそうです。なんでもかんでも話す人はいるでしょうか。小学校の1年生ぐらいならなんでも話します。そして経験を積むのです。なんでも話すと「話が長い」と怒られる。いいことばかり話すと「悪いこともあるでしょ」と言われる。
そうすると、賢い子どもは話さなくなります。他にも、話さなくなる理由はあります。ばれたくないことがある。話したことで怒られる機会が増える。特に報告するような「特別」なことがない。
みなさんの生活はそんなにスペシャルでキラキラしていますか。いろいろありますが、報告すべき特別はなくなってしまいます。そうすると、ほめることもできません。指導とほめるをミックスする
けれど、教えられてばかりの人の意欲は、結果次第になりがちです。うまくいかないと「僕だって頑張っているのに」と思いはじめます。挙げ句の果てには「次に何をすればいいですか?」と聞いてきたりします。こう聞く人は、一見従順ですが、何も考えていません。順番を間違わない
彼女彼氏の会話のほうが、分かりやすいかもしれません。「その髪型ダサくない? イヤリングはいいけど」と言ってもイヤリングをほめられたことは残りません。「そのイヤリングいいね、髪型もう少しこうしたらいいけど」のほうがアドバイスはいい。順番なのです。まずほめてしまう。この点いいね、とほめることで耳を閉じさせないことが大事です。「I(アイ)メッセージ」にする
誰か言った人がいたなと皆思いますから、10分に文句は言わないです。最初から「10分でやりなさい」というと「早い、そんなのできるか」と文句を言います。文句を言っている間に5分ぐらい経ってしまったりする。「最初からやったらいいのに」とまた怒られることになります。
「I(アイ)メッセージ」にすると、言われているのだけど、自分で決めているから意欲がアップするというわけです。ぬまっちのゲーム化実践例
アナザーゴールで意欲を引き出す
何かをするために別のゴールを置きます。例えば、芸人さんは女性にモテたいから芸人になっています。だけど、実際やっているうちに、モテるモテない関係なくなって、もっと稼ぎたい、さらには純粋にもっとお客さんを笑わせたいという本来の目的に行きついています。伸びている人はそうです。お金お金と言っている人は、まだ若手です。
では、やる気を引き出すためにどうしたらよいのか。「課題」「報酬」「制限」この3つがないと人はやる気がおきません。つまり、ゲーム化していくとやる気を引き出しやすくなります。これを僕は学校生活によく取り入れています。
そこで、「ごちそうさま」をしてから掃除の時間を3曲7分間と設定しました。その間の2回、踊らなくてはいけないパートがあるというルールをつくったのです。初めて「ダンシング掃除」を導入した子どもたちは卒業して今年中学3年生なのですが、同窓会のやりたいことリストに「ダンシング掃除」が入っていました。SPHF開催
「大人でも難しいんだよね、でも食べれたらカッコイイよね」と返すと1年生の男の子などは「モテる?」と聞いてきたりします。「モテるよ! デートできれいに骨を取って魚食べられたら、素敵って言われるよ」と言うと「やりたい!」。これはチャンスだと思いました。
そこで、「2週間後の給食がないお弁当の日にさんまを焼いて、綺麗に骨を取って食べる」と企画しました。ルールは3つです。「2週間後まで、何度練習してもいい」「手もしくは、お箸を使う」「練習中でも、泣いたら失格」。3つめのルールは、保護者の方々への気遣いです。
そして、当日は多くの保護者の方が見守るなかで生徒達みんながお箸で魚を上手に食べてくれました。本当のゴール、「ひとりで魚を箸で食べる」というところに全員がたどり着きました。
なかには骨までぺろりと食べてしまった子がいたので、第2回目からは、フライヤーを用意して骨は揚げてから食べられるようにしました。危ないですからね。
この結果、子どもは魚好きになり、箸使いも向上しました。保護者にとっても、ひとりで魚を食べてくれるようになるといううれしい結果です。
もっといいのが、その後です。会食などで祖父母にも魚食べるのが上手だなとほめてもらえる。1年生なのにです。担任としても、子どもも親も楽しそうということで、3方向にうれしい効果がありました。(画像提供:iStock.com/BraunS)
沼田晶弘(ぬまっち)
1975年東京生まれ
国立大学法人東京学芸大学附属世田谷小学校教諭
学校図書生活科教科書著者
東京学芸大学教育学部卒業後、アメリカ・インディアナ州立ボールステイト大学大学院で学び、インディアナ州マンシー市名誉市民賞を受賞。
スポーツ経営学の修士を修了後、同大学職員などを経て、2006年から東京学芸大学附属世田谷小学校へ。
児童の自主性・自立性を引き出す、斬新でユニークな授業はアクティブ・ラーニングの先駆けといわれ、数多くのテレビや新聞、雑誌などに取り上げられている。
教育関係のイベントはもちろんのこと、企業からの講演依頼も精力的に行っている。
著書多数。
サンクチュアリ出版では
毎日、楽しすぎるイベントを開催しています!
http://www.sanctuarybooks.jp/eventblog/