和歌を中心とした物語である「大和物語」。しかしテーマはバラバラで、さまざまなエピソードが語られている物語です。なかでも悲劇的な女性の話は印象に残ります。
この記事では、大和物語に込められた女性たちの願いを、先人たちの言葉を「いまを生きる私たちの感覚」に合わせた「エモ訳」と超美麗なイラストの『いとエモし。超訳日本の美しい文学』よりご紹介します。ぜひ最後まで読んで、当時の女性たちの想いを感じてみてください。
目次
和歌を中心に語られる物語
平安時代の中期につくられた「大和物語」について見ていきましょう。
印象に残るのは、悲劇的な女性の話
大和物語は、核となる「和歌」を中心に物語が語られる、平安時代中期の「歌物語」です。物語といってもテーマはバラバラ。男が育ての母を山中に置き去りにする「姥捨山」のような有名な話もあれば、在原業平・僧正遍昭など六歌仙の人たちのエピソードなどもあります。
そのためテーマをくくりにくいと言われていますが、著者は「女性のための物語」としています。
理由は悲劇的な女性の話が多く、印象に残るから。
引く手あまたの絶世の美女だった宮仕えの女性が、どうしても好きだった帝に相手にしてもらえずに悲運の最期を遂げる話。無理やり男にさらわれて自死してしまう女性の話。プレイボーイに翻弄される女性の話。
水の底で、女性たちの魂が誰かにすくいあげられるのを待っているかのような印象を受ける物語。「口(顔)は笑っているが、目(心)は吊り上がって怒りに燃えている」という「般若」のお面のイメージです。
育ての母を置き去りにした男の気持ち
わが心 なぐさめかねつ さらしなや をばすて山に 照る月を見て
今夜は月がきれいだ。
本当に美しい。
けれども、
この心は、無性にうずく。
この心は、癒されない。
こんなにも美しいのに。
どうしてだろう。
どうして……どうして。
男が奥さんに言われて育ての母(おば)を山中に置き去りにする話、「姨捨山」。この話に引用されたこちらの歌は、母を置き去りにした男の気持ちを表現しています。「姨捨山」も女性の因縁の話と言えるでしょう。
会いに来てくれないから会いにいく話
大和物語には、中途半端なところで切れている話があります。そのうちのひとつ、「くゆる思ひ」を見てみましょう。
煙も立たない火
人知れぬ 心のうちに もゆる火は煙もたたで くゆりこそすれ
私の心は、
人知れず燃えている。
だからこの火は、
煙にもならないのだ。
このまま悔いることはあっても、
燻ることすらないのでしょう。
富士の嶺の 絶えぬ 思ひもあるものを くゆるはつらき 心なりけり
いえいえ、私の心は、
きえることのない富士の山の煙。
あなたのことを絶えず思っているのですよ。
それを「悔いる」とは悲しいなー。
大和は、あるとき少将(藤原実頼)と出会って恋に落ちます。しかし少将は、いつまで経っても会いに来てくれません。そこでこの歌を送ります。
少将は歌を返しますが、なんとも言えない白々しさ、本気で応えていない感があります。
大和物語の作者は誰?
「こんなに恋い焦がれているのに。彼にとっては火遊びのうちの1つだったということ。わかっているけど、割り切れない」
大和は少将に会いにいきます。会って一言、言わねばと思ったのです。長い時間待たされて、ようやく部屋に入れた大和はこう言いました。
「どうして会いに来たらいけないのですか。あなたがあまりにも会いにきてくれないので私はあきれて」
しかし、ここでこの話は切れてしまいます。オチはありません。
一般的には、この言葉の後に少将が歌を返したとされています。
いまさらに 思い出でじと しのぶるを 恋しきにこそ 忘れ侘びぬれ
違うんだ。思い出すのがつらいから忘れようとしているだけなんだ!
大和物語には中途半端なところで話が切れているエピソードがあり、「くゆる思ひ」というこの話もそのひとつ。大和物語は、この大和という女性が作者なのではという説もあります。本書では、それを少しふくらませてこの話を紹介しています。
ようやく部屋に入り、少将が到着して大和が伝えた言葉は、
「ありがとう。あなたは私を、女にしてくれた」
大和は屋敷をあとにして、少将とは二度と会いませんでした。そして物語をつくりはじめます。女の、女たちの物語。人づてに聞いた女性たちの悲劇や気持ちを集めていきます。誰かがこの物語を終わらせてくれることを願って、「やまとものがたり」という名前をつけたのです。
女性たちの魂が本当の意味で自由になれるようにという願いを感じる物語です。
まとめ
さまざまな物語が語られていますが、悲劇的な女性が印象に残る大和物語。女性たちの魂が自由になれることへの願いが感じられますね。
先人たちの言葉を「いまを生きる私たちの感覚」に合わせた「エモ訳」にし、超美麗なイラストで視覚化した『いとエモし。超訳日本の美しい文学』では、切なくなったり、勇気がわいてきたり、なんともいえない胸いっぱいな気持ちになったりと、先人たちが作品に込めた「エモパワー」を強烈に感じられます。ぜひ本書を手に取り、心のままにパラパラとめくって言葉にできない「何か」を存分に味わってみてはいかがでしょうか。
いとエモし。 超訳 日本の美しい文学
k o t o
定価:1,480円(税込1,628円)