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平安時代に海賊から日本を救った知られざる英雄

胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス教養
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日本国内では大きな争いがなかった平安時代。藤原氏が栄華を極めていましたが、裏では藤原氏同士の内輪揉めもありました。

豪快な性格だといわれる藤原隆家は、藤原道長に敗れて太宰府へ左遷。しかしそこで外国の侵略から日本を救うことになります。

この記事では、知られざる英雄たちの活躍を、戦略がテーマのビジネス書「胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス書」よりご紹介します。前例のない戦いにどう対応したのでしょうか。ぜひ最後まで読んで、知られざる英雄たちの活躍から戦い方のヒントを見つけてみてください。

藤原道長に敗れた結果

藤原隆家は道長に敗れ太宰府への赴任が決定。そこで起こる事件についてみていきましょう。

没落貴族として太宰府へ

天皇の外戚(=母方の親族)として絶大な権力を握っていた藤原道長。その道長の最大のライバルとして知られる人物が藤原隆家です。「荒くれ者」と呼ばれるほど豪快な人物でしたが、道長に敗れると太宰府(現在の福岡県太宰府市)へと赴任することになります。

日本と東アジアの玄関口として重要な場所だった太宰府。しかし都から太宰府へ向かうのは「下向(都から田舎へ下る)」と言われ、控えめに言っても左遷でしかありません。

道長に敗れた没落貴族として歴史に名を刻まれていたかもしれない隆家ですが、太宰府赴任後に事件が発生します。それが刀伊による侵略事件でした。

海賊の襲撃を受ける

隆家が太宰府に赴任して約4年後の1019年3月28日、衝撃的な事件が起こります。刀伊とみられる海賊船約50艘が、対馬と壱岐を襲撃したのです。

刀伊とは、中国北東部にいた女真族と呼ばれる人々の一部が高麗国内の混乱などにより海賊化し、朝鮮半島北部を荒らしまわっていた勢力。刀伊は殺人・放火・略奪を行い、対馬・壱岐ともに甚大な被害が出ます。

なんとか生き延びた人から隆家のもとに連絡が届いたのは4月7日。このとき、隆家は大変なことになったと感じたはず。なぜなら日本はこれまで外国からこれほど大規模な襲撃を受けたことがほとんどなかったからです。

敵の行動も早く、太宰府に一報が入ったときには筑前国怡土郡(現在の福岡市西部と糸島市の一部)に上陸します。

数年前まで都で戦争と無縁の生活を送っていた隆家。前例のない事態を前に、隆家は現場を指揮することになります

精鋭が集まり、刀伊に立ち向かう

刀伊は4月8日には筑前国那珂郡能古島(現在の福岡市沿岸にある島)を襲撃。隆家はこのとき、「海賊船の速度はハヤブサのようで、とても戦えない!」と都へ書き送っています。

隆家は太宰府や現地近くの実力者たちを、島からほど近い博多警護所(当時の防衛施設)に総動員します。このなかには、大蔵種材という70歳を超えた大ベテランも参加していました。国の危機を感じとった精鋭が集まっていたのです。

9日、ついに博多に上陸した刀伊に対し、日本側は防戦に努めます。粘り強く戦い、結果的に初めての撃退に成功。拉致されていた日本人も救ったと伝わっています。

11日には日本側の防御態勢が盤石となり、優秀な兵士たちを配置。翌12日の襲撃では刀伊を打ち取ることに成功します。大蔵種材らも活躍し、逃げる刀伊を追っていくほどでした。

猛攻を受け、作戦を変更した刀伊は13日に肥前国松浦郡(現在の佐賀県唐津市から長崎県佐世保市付近)から上陸します。しかし情報はしっかりと伝わっていたようで、守備隊が刀伊を打ち取って撃退します。

こうして刀伊は日本への侵攻をあきらめて撤退。隆家や集まった実力者によって、外国の侵略という最大の危機は防がれました。

注目されなかった功績

日本を救った隆家たちの、その後をみていきましょう。

遅すぎる対応と現場軽視

中央政府に刀伊入寇の知らせが届いたのは危機が去ったあと、17日のことでした。「神頼み」(儀式)によって対策を講じると、27日にようやく派兵準備に取りかかったようです。

隆家たちの大活躍に朝廷もさぞ評価したことだろうと思いきや、恩賞はほぼゼロ。失脚した隆家がこれを機に力をつけたら困るという、朝廷側の警戒があったのかもしれません。過ぎ去った危機に、貴族たちも刀伊の入寇に興味を失っていきます。

それどころか、指示が届く前に無断で行動したなどと命令無視の是非が論じられることに。「前例主義」と「現場軽視」は平安時代から始まっていたようです。

知られざる英雄たち

豪快な性格で知られた藤原隆家。彼の対応の速さが前例のない事態から日本を救いました。現場のスピードと結束が力となったのです。

また刀伊の入寇は、その後の九州武士団の形成に大きな役割を果たします。「多々良浜の戦い」に登場する吸収の武士団・菊池氏は隆家の末裔を自称していますし、大蔵種材も九州の武士団・原田氏として発展していきます。原田氏は源平合戦の際に平氏方として活躍しました。

近年では、危機を乗り越えた隆家たちの再評価が進んでいます。

まとめ

貴族たちが最盛期を迎え、大きな戦もなかった平安時代ですが、実は外国の侵略から日本を救った英雄たちがいました。彼らの功績は全く注目されませんでしたが、前例のない事態への対応の速さと結束力は、移り変わりが激しい現代を生きる私たちも、参考にしなくてはなりません。

戦略がテーマのビジネス書「胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス書」では、古代から現代に至るまでに起きた戦いの戦略を分析・考察して、私たちの人生にも通じる戦略をまとめて紹介しています。ぜひ本書を手にとって、先人たちの生み出した戦略やその生きた道筋を知り、これからの時代のヒントにしてみてください。

 


胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス教養 著者 齊藤颯人/監修 本郷和人・本村凌二

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