ウーマンラッシュアワーという漫才コンビの村本大輔と言います。
僕は2024年の2月からニューヨークに活動の拠点を移し、マンハッタンに住み、英語で、毎晩コメディクラブでネタをやってまわってる。
英語でというと聞こえがいいが、日本語で書いたものをChatGPTで英語にしてもらいそれを丸暗記して話している。高校も卒業していないので40歳でbe動詞を覚えたレベルだ。
そんな僕のニューヨークでの生活をここに書き、少しでも僕のことを知ってもらおうと連載を受けることになった。
目次
現実的に考える機能の欠如
「アメリカでは、どんなに才能があっても、運がないと成功しない。
ニューヨークには世界中からすごい才能が集まる。
才能はあったが、運がなくてそのまま消えていった奴はたくさんいる。
運さえあれば、まさかの場所で自分の運命を変えてくれる人に出会える。
それを私は、コメディの神様と目が合う、と言っている。
わたしは神様と目が合わなかったけど、あなたには幸運が訪れるといいね」
何年か前にロサンゼルスに行った時に、知り合った黒人の年老いた男性が、ニューヨークで挑戦したいと言う僕にかけてくれた言葉だ。
アメリカでお笑いをやると言った時、多くの人たちが「どうしてアメリカ?」と尋ねてきた。
それは17歳の時、福井の田舎から、飛び出した時と同じ理由だ。
当時は、テレビに出てたダウンタウン松本さん、さんまさん、紳助さんを見て涙を流して笑って、芸人ってかっこいいと思ってこの世界に入った。
だから彼らのいる場所に行きたいと思って、福井の小さな村を飛び出た。
アメリカもそう。何年か前に、YouTubeで、何人かのアメリカのスタンドアップコメディアンをみて、笑いを超えた感動を感じて、彼らのいる場所で、お笑いをやりたい、自分がどう変わるのか知りたい、と40歳で英語のb動詞から学んでアメリカに行くことを決めた。
母にはよく言われてきた。
「あんたはサッカー部でもなくサッカーやったことないのに、
高校に行かず、ブラジルに行ってサッカー選手なる、と言った時から、
現実性のない夢みたいなことばっかり言う」
と。
たしかにあの時は、ブラジルに行けばサッカーが上手くなってプロになるんじゃないのかと思っていた。
進路相談で先生にそれを話したら、お腹を思いっきり殴られたことは今でも忘れない。完全な暴力だ。しかし先生的には「こいつマジか」と思ったんだろう。
いまもそうだ、俺は変わってないと思った。
僕は”現実的”って考える機能が欠如してる。
いつも夢ばかり。ニューヨークに行けばなんとかなるとこの街に飛び込んできた。
ニューヨークの現実
しかし、この街は現実的を俺に教えてくる。
高すぎる家賃、高すぎる言語の壁。
貧富の差が凄すぎて、マンハッタンを歩いてたらセレブな人たちが夜に絵画教室みたいなのを開いてて、そのガラスの外ではホームレスの人たちが、お金をくれと通りすがりの人たちに声をかけてる。
俺はコメディクラブに行って、オープンマイクと言って自由参加のショーに出演しに行くんだけど、名前を呼ばれず2時間待たされたり、名前を呼ばれても発音なのか、なんなのか、オチのところでもないのに、まわりからくすくす笑う声が聞こえる。
バカにされてるのかなんなのかわからず、気が散ってネタが飛んでぐちゃぐちゃになって、逃げるようにステージを降りて、半泣きでホテルに戻る。
すべった帰り道、ウーバードライバーのおじさんに「ニューヨークって夢あるかなぁ」って聞いたら即答で「あるわけない」と。
「全部のものが高いし、この街で生きてくためにおれは週7日働き詰めだ。子供がいるから働かないといけない。夢なんかないよ」
と彼は言った。
僕は毎日、Instagramなんかで流れてくる日本の友達が美味しいご飯や景色の動画をあげてるのをみて、少し、日本に戻りたいなと、ホームシックになる。
時差の都合でニューヨークが朝のとき、日本は夜。
その3時間ぐらいの日本の人たちが眠りに入る前の時間で、インスタライブをやったり日本の友達にLINEを送ったり。その時間が過ぎると、不安な時間が始まる。
たった1週間で何を言ってるんだと思うだろうけど、それぐらい言語の壁と、この街で生活するためのお金は、おれの見てこようとしなかった現実を見せてくる。
そんな中で、俺を勇気づけてくれるのは、Netflixの芸人達。
特に黒人の芸人は、逆境をコメディで跳ね返してて、それがかっこよくてほぼ毎日見てる。
デイブシャペルって人と、クリスロックって人と、ケビンハートって人は、この国でコメディをやりたいと思わせてくれた黒人の芸人達だ。
デイブシャペルは考えることを、クリスロックは怒りを、ケビンハートはこの国でショービジネスで成功するために大切なことを、彼らは教えてくれる。
その日も自分を鼓舞するためにクリスロックのショーをNetflixでみて、そのエンディングの曲をヘビーローテーションしながら、英語を学びネタを作ってた。
ランチでお腹が空いたので、僕は、ニューヨークに日本の有名なチェーン店のカレー屋があると聞いていたのでカレーを食べに、タクシーに乗って、その店に行った。
すると、店は閉店して潰れてた。
せっかくここまで来たのに、まじか、と思ったんだけど、2月のニューヨークはあまりにも寒すぎて、とにかくなんでもいいから、店に入りたいと思ってちょうど真向かいに、ラーメン屋があった。
日本人がやってるわけではなかったんだけど、この際なんでもいいと思って、窓際のカウンターに座り、寒かったので昼から熱燗を注文し、味噌バターラーメンを頼んだ。
しばらくたって、ラーメンが来たんだけど、食べた瞬間に、口から吐き出してしまった。味の問題ではなく、パクチーが入ってた。
おれはパクチーが大の苦手で、口に入れた瞬間に戻してしまうぐらい苦手。
トランプは大嫌いだけど、彼が公約で、パクチーを規制すると言ってくれたら、投票権があれば、彼に投票するかもしれないってぐらい、パクチーが嫌い。
おれは店員さんのところにどんぶりを持って行って、これを取り替えてくれ、おれはパクチーが食べられないと伝えたんだけど、英語が話せなすぎて、何回言っても、聞き返された。
その時に、俺はこのラーメン屋の向かいの潰れたカレー屋と、自分自身がリンクした。
このカレー屋も、日本での実績もあり、この街でやっていけると胸を張ってこの街に出店した。ところが、うまくいかず潰れた。
パクチーひとつ、抜いてくれ、ラーメン交換してくれと言えない俺が、この街で成功するはずがない。
さっきのカレー屋みただろう、これが現実だ、と、もう一人の俺が言った。
頭の中にたくさんの現実が出てきた。
家賃見ただろ?これが現実だ。めちゃくちゃ笑いとってる芸人がいたよね、君は誰も笑ってなかったよね、これが現実だ。
もう一人の俺は、おれに現実的なことをたくさん伝えてくる。
おかしな話だ。芸人を初めて20年、いやと言うほどすべってきて、いやと言うほど挫折したのに、最悪なことには慣れてるはずなのに、毎回新鮮な気持ちで挫折する。
店員さんは俺の拙い英語を頑張って理解してくれて、今回だけ新しいラーメンを作り直すよ、と言ってくれた。
これは現実か、夢か
ラーメンを待ってる間、熱燗を飲み、昼から飲んだくれのように、ヤケになり、おれはおれとニューヨークに絶望し、悲観してた。
こんな街、夢なんかないよ、と、あの時会ったウーバードライバーのおじさんのように。
ラーメンを食べ終わった頃ぐらいに、俺の席の横に一人の黒人の男が座ってラーメンを注文した。
チラッと彼の顔を見た時、僕の世界の時間は止まった。思考が停止した。
心臓がバクバクして、息ができなくなった。
僕は震えながら小さな声で彼に言った。
「Are you Chris Rock?」
彼は言った。
「yes」
これは現実か、夢か、
現実を見ろと言うが、夢のような現実は時に直視できなくて。
ここに来るまでに動画で見てた、いや、アメリカに来ることになったきっかけの一人でもある彼が、たまたま入ったラーメン屋の隣の席にいた。
店内は狭いが、お客さんはそんなにいない。
窓際のカウンター、ぼくとクリスロックの2人。
頭の中にたくさん彼に伝えたい言葉が出てきたけどどれも僕には英語にできない。
捻り出した声で僕は
「I came here a week ago you and George Carlin brought me in America」
一週間前に私はここにきた、あなたとジョージカーリンが僕をここに連れてきてくれた、
と、よくわからないことを口走ってた。
そして気づけば僕は彼に、こう言った
「Can I try my joke?」 ネタを試していい?
芸人にとって名刺はジョークだ。彼に僕のジョークを聞いてもらって僕を知ってほしいと思った。
彼は嫌な顔ひとつせず
「sure sure」もちろんもちろん
と笑顔で言ってくれた。
でもいざ、彼を目の前にすると全てのネタが飛んでしまって、真っ白になった。
だから僕は、スマホのメモの中にネタを書いていたから彼にこれを読んで、と伝えた。
スマホを見ようにも、もうテンパってどれがメモのアプリかもわからないやっと探し当てて、彼に俺のメモに書いたネタを読んでもらった。
ネタを聞いてれ、ならまだわかるけど、ネタを読んでくれってこいつなんなんだと思われたと思う。
でも彼は優しく、俺のネタ帳を読んでくれた。そして最後にハハって少しだけ笑ってくれた。
ほんの少ししか笑ってなかったけど俺は嬉しかった。
俺が芸人をやる理由の一つに、笑った時に繋がった気持ちになるからだ。
知らないたくさんのひとたちがおれのネタで笑えば繋がった気持ちになれる。
まさか大好きな芸人が俺のネタでクスッと笑ってくれて、ここで繋がれるなんて。
ただのファンだと思われたくない、あくまでもおれはいつか、ステージの上で彼にすごい芸人がいると思われたい。
see you again oneday と彼に伝えて、僕はレジに行き、パクチー抜きを作り直してくれたおかげで、彼と会えたようなものだから二杯分のラーメンとチップを払って、クリスロックに「バイバイ」とクールに伝えて、店を出て、曲がり角を曲がった瞬間に、ガッツポーズをしてひとり、空に向かって
「ニューーーーヨーーーーーーク!!!!」
と叫んだ。
この街で、一週間で、コメディの神様と目が合った。
コメディの神様が「ビビリの日本人、Welcome to NY!!!」と言ってくれたような気がした。
金と才能に不安を抱いてた俺に、神様は運があるよ、と教えてくれた。
日本の友達に伝えようとしたけど日本は夜中の3時だった。
互いに夢の中だった。
村本大輔 コメディアン。ウーマンラッシュアワー。 1980年生まれ。福井県出身。2008年中川パラダイスと漫才コンビ「ウーマンラッシュアワー」を結成。漫才コンクール、NHK上方漫才コンテスト、THE MANZAIなどで優勝。 Abema TVのMCとしてニュース報道に関わったことをきっかけに、政治・社会問題を取り上げた漫才をつくりはじめる。自身の考えをストレートかつスピーディーに届ける独演会が話題となり、舞台での活動が軸となっていく。2024年2月からニューヨークに拠点を移し、スタンダップコメディアンとして日々ステージに立つ。 Instagram:@muramotodaisuke1125 Voicy:https://voicy.jp/channel/820839