私が著者になるまで

大人が変われば、子どもが変わる。認知科学を学んだビリギャルがたどり着いた答え/ビリギャル本人さやか

#私が著者になるまで

2013年に出版された『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』、通称「ビリギャル」は、有村架純さん主演で映画化もされ社会現象になりました。そんな「ビリギャル」が、満を持して勉強法の本を出版! 受験ノウハウ満載、これさえあれば難関大現役合格間違いなし(!?)の1冊ですが、実は、人生をかけて取り組む壮大な“裏テーマ”が秘められているそうで。“本人”のさやかさんにお話を聞きました。

この記事は書籍『 私はこうして勉強にハマった 』の関連コラムです。

先生との出会いで大きく変わった人生

聞き手
『私はこうして勉強にハマった』、とても面白く読ませていただきました! さやかさんはコロナ禍にアメリカへ留学し、「認知科学」を勉強されたそうで、この本はその学問に基づいた内容になっています。
認知科学とは、考える、覚える、学ぶといった動物の認知活動に関するメカニズムを解明しようとする学問です。例としてわかりやすいのが、赤ちゃんの言語習得ですね。なんで子どもはあんなに言語習得が早いのか?とかはよくテーマとして扱われます。その中でも特に私が興味を持っていたのが、「人のマインドセットや信念はパフォーマンスにどう影響するのか」というものです。
さやか
聞き手
それはなぜですか?
完全に、「ビリギャル」に対する周囲のリアクションが動機となっています。慶應に受かるまでは「この子は頭が悪いから勉強してもダメだ」と言われていたのに、受かった瞬間に「さやかちゃんは元々地頭が良かったんだよ」と言われるようになって。「は?どういうこと?地頭って何?」って。「ビリギャル」が出版されてからは、私のことを全然知らない人にまで言われるようになり、違和感はどんどん募っていきました。
さやか
聞き手
少し人生を遡ります。「ビリギャル」という1冊の本で大きく人生が変わったと言えるさやかさんですが、子どもの頃の印象的な読書体験はありますか?
それが、高2の夏に坪田(信貴)先生(注:「ビリギャル」の著者)に出会うまで、ほとんど本を読んだことがなくて。小学生の頃、青い鳥文庫の『いちご』(倉橋耀子著)というシリーズに一瞬だけハマったことはあったけど。アトピーに悩む主人公が、自然豊かな場所に引っ越して生活する、みたいなお話だったかな。
さやか
聞き手
「ビリギャル」本編にもありますが、坪田先生からはいろいろと本を読むように言われたようですね。
小論文対策の一環として、1カ月に1冊、課題図書が与えられました。最初に読んだのが山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』。他にも『ハリー・ポッター』とか、『雪国』『羅生門』『蜘蛛の糸』の名作系などもいろいろ読みました。読みやすいものから難しいものへと、私のレベルに合わせて選書してくれるのがありがたかったですね。

中でも、池田晶子さんの『14歳からの哲学』は印象に残っています。中学生向けに「考えるとは何か」を解説する内容で、ギャルの私も「考えるって、深っ!!」と衝撃を受けました。「問いによっては、明確な答えって存在しないんだ」ということも知りましたね。

さやか
聞き手
「ビリギャル」が出版されたのは、すでに社会人として働き始めてからですよね。
社会人3年目、受験からはすでに7年が経っていました。でも、「人生を変えた」インパクトで言うと、「ビリギャル」の出版よりも、坪田先生と出会えたことのほうが大きかったですけど。
さやか
聞き手
となると、大学時代のお友達は、さやかさんが「ビリギャル」だったことは知らなかった?
まあ、馬鹿なことばっかり言ってたんで、素性はバレてましたけどね。しょっちゅう「よく慶應に入れたね?」とか言われてたし(笑)。私も周りを見て「みんな賢いな〜」と思ってました。でも、友達はたくさんいたし、日本の大学の多くは入るのは難しいけど卒業するのはさほど難しくないので、特に授業で苦労したりすることはなかったですね。楽に単位が取れる「楽単」の授業をうまく選んだりして。今思えばもっとちゃんと勉強しとけばよかったなあと思いますけどね。
さやか

講演会で目にした「自信がない」日本の子どもたち

聞き手
「ビリギャル」出版後、講演などの依頼を受けることが増えました。
受験のとき、確かに私は「あの年でいちばんがんばった」と言えるほど努力しました。でも、よくよく考えたら、「ビリギャル」ってただ「ギャルが受験した」だけの話で。長年サボって短期間だけ頑張ったギャルよりも、ずっとがんばってきた人の方が偉いに決まってる(笑)。

全国で講演を重ねるうちに行き着いたのが、「なんで昔のわたしはあんなに頑張れたのか」という問いです。もし私の体験が多くの方からなにかスペシャルに見えるのなら、そこの解像度を高めて説明できるようになれば、もっと多くの人の役に立てるかもしれない──と思うようになったのです。

さやか
聞き手
講演での手応えはどのようなものでしたか? そして、なぜそのような視点にたどり着いたのでしょうか。
全国でたくさんの受験生や親御さんに会う中で感じたのが、「なんでみんなこんなに自信がないんだろう?」という想いでした。「さやかちゃんは地頭が良かったんだよ。それに比べてうちの子は(私は)こんなにもダメで…」って、みんな言うんです。

そこで気づいたのが、先生や母が「慶應、行けるよ!」って言ってくれていた私のケースは、もしかしたらレアだったのかもしれないということ。「地頭」の良し悪しなんかじゃない、私がいたあの環境こそが、合格につながる要因だったのではないか、と。

さやか
聞き手
みんな「自信がない」から、「地頭」のせいにしたくなる…思い当たる節はありますね。
「塾に行ける経済力があったからだよ」と言われることもあるけど、じゃあ、塾に行けない人で難関大学に行ける人はゼロなのか?と言ったら、そうではありません。もちろん、塾に行くためのお金をかき集めてくれた母には感謝してるけど、けっして「塾に行けない=合格できない」ではないはず。

そもそも、私は塾で先生からひとつも勉強を教わっていないんです。基本的には自習で、先生とはおしゃべりしていただけ。先生から教わっていたのは、「正しい努力の仕方」です。それさえわかれば、塾なんか行かなくても自習で合格できるはずなんです。あとは、強い動機、モチベーションさえあれば。

さやか
聞き手
私も「東京に行きたい」という一心で受験勉強を乗り越えた人間なので、そのモチベーションがなかったらどうなっていたかと思うとゾッとします…。
そそれでいいと思いますよ。私が「櫻井翔くんがいる!」で慶應への受験を決めたように、憧れとか、「なんか好き」「ドキドキする」といった感覚を軸に決めないと、長期間なにかをがんばることは難しい。学校の先生は、偏差値や就職率なんかで志望校を決めさせようとしてくるけど、ギャルからしたら「偏差値?いや、そんなのどうでもいいんだけど」の世界。

「不純な動機だ」と言われるかもしれないけど、不純じゃないとモチベーションなんか上がりません。動機は自分で決めることが大事なんです。車と同じで、走り出すにはまずエンジンをかけないと。

さやか
聞き手
『私はこうして勉強にハマった』でも、「モチベーション編」は序盤で大きくページが割かれていますね。それだけ大事だということ。
コロンビア教育大学院で「モチベーション理論」の授業を受けたとき、「私が考えていたようなことが、全部理論でちゃんと説明できるんじゃん!」と感動しました。そこからは、より自信を持って、大人にも、子どもにも、モチベーションの大切さを伝えられるようになりました。
さやか

ギャルの後輩に教えるつもりで書いた「勉強法」の本

聞き手
これまでに、自伝エッセイ的な本は何冊か出版されていますが、今回の『私はこうして勉強にハマった』は、純粋な「勉強法」の本です。モチベーション論だけでなく、具体的な戦略や実践法が満載で、率直に「自分が受験生の頃にこんな本に出会いたかったー!!」と思いました。
正直、「ビリギャルのその後の人生なんて、誰が読みたいんだ?」と思っていて(笑)、それよりも、こういう勉強法の本をずっと書きたかったんです!

かつての私のようなギャルの後輩に「受験ってこういうものだよ」と一から教えることをイメージして、中学生にもわかるように書きました。「活字が苦手な、(元ギャルの)私でも読めるな」という感覚を大切にして(笑)。この本を読んでがんばり方を習得すれば、塾に行かなくても大学に合格できます!でも、実は、本当に読んでほしいのは親御さんなんです。

さやか
聞き手
巻末に「親御さんへ」という章があるので薄々思っていましたが、やはりそうでしたか…!
私が自身の経験、そして講演活動を通してたくさんの親子と出会う中で気づいたのが、「親が変わると、子どもが変わる」ということ。親は、子どもをいい学校に入れるためにさまざまな働きかけをすると思いますが、何より重要なのは家での対話なんです。

友達とケンカして落ち込んで帰ってきたときや、テストで頑張っていい点数をとれたとき、受験で第一志望に不合格になったとき…など、子どもの成長過程には重要なイベントが頻繁に起こります。そんなときに、大人がどんな声をかけるかで子どものマインドセットは大きく変わります。

たとえば、子どもがテストでいい点を取ったとき、「賢い子だね」と言うか、「よくがんばってたもんね」と言うか。認知科学で「グロースマインドセット」というのですが、後者の声がけの方が「努力には価値がある」と信じられる心を育みます。逆に、前者の声がけは「うまくいったのは自分が生まれつき賢いからなんだ、うまくいかない人は賢くないんだ」という価値観の形成につながってしまいます。

さやか
聞き手
そこまで言われると、私も子を持つ身として大きなプレッシャーを感じます…。
怖いですよね。でも、実際そうなんです。
さやか
聞き手
さやかさんのお母様、「ビリギャル」にも登場する「ああちゃん」は、さやかさんに対してどんな声がけをされていたんですか?
母は、私に「テストの結果を見せなさい」とは言わなかったし、私がギャルになったときも、「なんか楽しそうだね。なりたい自分になれてよかったね」と言う人でした。ギャル時代の私はいわゆる“名古屋嬢”で、スカートも短く、髪の毛も鳥の巣みたいにしてて、心配は尽きなかったと思うんですけど(笑)、何も言ってこなかった。

母が大阪の人っていうのもあるかもしれませんね。大阪人には、日本で唯一「違いをポジティブに認める」県民性があるエリアだと個人的には思っていて。だから、みんなと違う私に「いいねー」って言ってくれた。とにかく、私に対して「ああしろ、こうしろ」という命令文を使わない人でした。

さやか
聞き手
自分がその立場になったら、お母様のような対応ができるだろうか…なかなか難しそうです。
はい、難しいと思います。でも、だからこそ伝えていきたいんです。日々起こる出来事について、大人がどう言葉をかけていくかが、子どもの人生を変える。今、その大切さに気づいたなら、今日からちょっとずつ言葉を変えていくだけでいいですから。

私は「慶應に行く!」と受験勉強を始めましたが、母にとって、本当に慶應に行けるかどうかは正直、どっちでもよかったんだそうです。私がワクワクすることを自分で見つけて、意思を持って失敗しながらもすこしずつ成長していくプロセスを積み上げていくこと、それ自体が何よりも嬉しいことだったんだそうです。

さやか
聞き手
その先に、今のさやかさんの豊かな人生があるわけですもんね。
「この偏差値じゃ無理でしょ」とか言う親だったら、こうはなっていなかったでしょうね。どんなに難しいと思える挑戦でも「楽しそうだし、やってみればいいじゃん!」と、子どもが挑戦していること自体を一緒に喜んであげたら、きっと子どもたちも安心すると思いますよ。私がそうだったから。
さやか

日本の大人のマインドセットを変えたい

聞き手
単に、高校や大学に合格するための「勉強法」にとどまらない教えが、本書には詰まっています。
本書を含め、私が人生のテーマとして伝えたいのは、「大人自身が、失敗を恐れずに挑戦する姿を子どもに見せてほしい」ということ。今の親御さんは「子どもに失敗しないでほしい」と考えて動いているように見えます。しかし、失敗せずに成功するなんてことはありません。つまり、「失敗しないでほしい」イコール「成功しないでほしい」なんです。「失敗させたくない」は「成功させたくない」と一緒。

「成功とは何か」は人によって違います。でも、子どもが「成功者」でなくても「幸せであってほしい」とはどの親御さんも願うことでしょう。そして、「幸せとは何か」を考えたとき、「自信がある子は幸せ」と言うことはできると思います。

さやか
聞き手
大人自身が挑戦を恐れなければ、子どもに挑戦させる勇気も出てくるというわけですね。
小さくてもいいから、チャレンジの結果、失敗体験から学びながら成功体験を積み重ねていくことが大切です。「あの子のことが気になるな」と思ったら、実際にデートに誘えるかどうか。声さえかければもしかしたら付き合えたかもしれないのに、「自分なんか…」と尻込みしてしまうと、すべての可能性に蓋をしてしまうわけです。

これはデートの誘いだけでなく、あらゆる物事に言えます。そして、小さな頃からの環境が重要です。親が子どもに「失敗させる勇気がない」と、子どもは失敗の経験を積むことができず、挑戦への意欲を持てません。結果、成功体験にも飢えることになります。小さなチャレンジからでいいから、「失敗させてあげる」環境をつくってあげることが、子どもが自分で生きていく力を育むのです。

さやか
聞き手
2024年5月に、コロンビア大学教育大学院を修了されました。次のビジョンはお持ちですか?
私が講演会で目にしてきた「自信がない」日本の子どもを変えるにはどうしたらいいのか、約10年、ずっと模索してきました。実際の学校にインターンや研究生として駐在して研究を重ねたりもしましたが、学校だけ変わっても、受験制度や文化自体が変わらない限り意味がないとわかった。そして、アメリカに留学し、広く「人の認知」について学ぶ中でたどり着いたひとつの答えが、「大人のマインドセットを変える」ことでした。

本当はニューヨークが大好きで、卒業後もずっと住み続けたかったのですが…新しいビジネスのアイデアを思いついて、急遽帰国しました。先ほどお話ししたように「大人に、失敗を恐れず挑戦させる」ビジネスです! 1年以内にはカタチにして起業するつもりなので、待っていてください。起業したあかつきには、関わる人全員に『私はこうして勉強にハマった』を教科書として読んでもらうつもりです!

さやか
聞き手
具体的なビジネスモデルが想像つきませんが…とにかく楽しみにしています!
本書にも書かれているとおり、私は受験のとき、第一志望の慶應文学部に落ちてしまいました。結果だけ見れば、私の受験は「失敗」だったわけです。でも、第一志望に落ちたから「失敗」とするのではなく、「そこを目指して努力した成果」と、「目指さなかった世界線」がどう違ったかを見るべきだと思います。私は努力したおかげで、人生の選択肢はもちろん、知識や認知能力も格段に広がった。それはもう「成功」ですよね。

とにかく、日本人の「失敗したくない、恥をかきたくない」という意識、ひいては「結果重視」すぎる意識が、日本の成長を妨げ、日本人の幸福度を下げているように思います。結果だけを見るのは、もうやめませんか。特に、学生のうちにする挑戦にリスクなんかありませんから、結果なんか気にせず、どんどんチャレンジしてほしいですね。そのために、まず大人たちのマインドセットを変えていきたいです。

さやか

(取材・文/中田千秋)
(写真/榊智朗)


ビリギャル本人 さやか
1988年、名古屋市生まれ。高校2年の時に出会った恩師、坪田信貴氏の著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称:ビリギャル)の主人公。慶應大卒業後、ウェディングプランナーを経て、“ビリギャル本人”としての講演や執筆活動などを展開。2019年4月より、聖心女子大学大学院へ進学、21年3月修了。22年9月より、米国コロンビア大学教育大学院の認知科学プログラムに留学。24年5月修了。
著書に『ビリギャルが、またビリになった日 勉強が大嫌いだった私が、34歳で米国名門大学院に行くまで』(講談社)がある
この記事は書籍『 私はこうして勉強にハマった 』の関連コラムです。