私が著者になるまで

東大卒こじらせニートが「東洋哲学」を超訳。からっぽの自分、最高!/しんめいP

#私が著者になるまで

東大法学部卒、大手IT企業入社。エリート街道まっしぐらなはずが、32歳で無職・離婚・引きこもりに……。人生どん底だったしんめいPの心を楽にしてくれた「東洋哲学」とは、いったいどんな哲学なのでしょうか。初の著書『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版)の出版エピソードとともに、著者の半生を振り返ります。

この記事は書籍『 自分とか、ないから。教養としての東洋哲学 』の関連コラムです。

発売10日で重版! 心が楽になる東洋哲学エッセイ

聞き手
このたびは出版おめでとうございます! なんでも、発売10日で重版がかかって、1ヶ月ですでに3刷、2万部突破しているとか……。
いやぁ、本当にありがとうございます。
しんめいPさん
聞き手
どんな方が買ってくださっているんですか?
読者層は幅広いみたいです。人生に悩んでいる方、コンサルなどビジネスパーソンの方、あとはお坊さんや行者さん(仏教を修行する人)……。「東洋哲学の本をたくさん読んできた私がおすすめする」みたいなレビューもいただいて、嬉しかったですね。
しんめいPさん
聞き手
仏教の専門家や詳しい方にも読んでもらえているのはすごいですね。私は正直、タイトルの「東洋哲学」という言葉を聞いただけでは「?」だったんですが、「ブッダ」「空海」などの名前が出てきてようやくピンときました。
たいていの人がそうだと思いますよ。でも、東洋哲学ってすごくいいんです。メインテーマはひとことでいうと「本当の自分ってなんだろう」。僕は東洋哲学のおかげで「本当の自分」なんてどうでもよくなって、生きるのがだんだん楽になっています。
しんめいPさん
聞き手
自分探しって、なかなか答えが見つからなくて苦しいですもんね……。本書では7人の哲学者とその教えがわかりやすくおもしろく紹介されていますが、この7人を選んだ理由はありますか?
まず、東洋哲学が日本に伝わってきた大きな流れをふまえて、専門書でもよくある「インド編」「中国編」「日本編」の3構成にしようと考えました。で、それぞれ2人ずつくらい代表的な人を紹介するのがちょうどいいかなと。専門家じゃない僕が「好きな人を選びました」だと微妙なので、そこはけっこう意図的に構成しましたね。
しんめいPさん
聞き手
なるほど。ちなみに、しんめいPさんが個人的に好きな人は誰なんですか?
う〜ん、選ぶのが難しいな。東洋哲学に夢中になり始めた当時でいえば、自分にクリティカルヒットしたのは「禅」でした。
しんめいPさん
聞き手
インド人の達磨大師が中国に広めたという禅ですね(本で勉強した)! 「言葉をすてろ」という教え。言葉をすてすぎた達磨大師のエピソード、強烈すぎました。
禅を世界に伝えた仏教学者・鈴木大拙先生の『仏教の大意』という本を最初に読んだとき、全然意味がわからないんだけどすごく刺さる……という不思議な体験をしたんです。それから20〜30回は読んだかな。今回本を書くときにあらためて東洋哲学を勉強したこともあって、だいぶ意味がわかるようになってきた気がします。
しんめいPさん
聞き手
禅といえば、「禅とはなにか」を説明するページで、ふつうの本じゃありえない仕掛けがされていますよね。ネタバレになるので詳細は差し控えますが……。
思いきったページですよね(笑)。原稿が書けなさすぎて試しに提案してみたら、編集の大川美帆さんが「このままいきましょう!」って。
しんめいPさん
聞き手
(笑)。文体も終始カジュアルだし、なんだか「本」の固定観念が覆された感じでした。
文体については大川さんから「ふだん本を読まない人でもスラスラ読めるように」とリクエストをいただいたんですが、僕自身は本をよく読むので、これでいいのか迷っていたところがありました。ただ、出版されたいまは、コスパを考えるとこれでよかったのかなと。

東洋哲学ってYouTubeにもたくさん解説動画があがっているんです。それでも本を読む必然性を考えたときに、「この本を読んじゃったほうがかえって短時間で理解が深まる」というのがこの本の価値なんじゃないかと思ったんですよね。実際に「数時間で読めた」みたいな感想をいただくとありがたいです。ただ、僕は3年半かけて書いたので「そんなに短時間で」という複雑な気持ちも……(笑)。

しんめいPさん

3か月のはずが3年半に。苦戦した執筆期間の裏話

聞き手
執筆に3年半かかったということですが、当初の予定はどんな感じだったんですか?
2020年8月に大川さんから「本を書きませんか」とご連絡いただいて、当初は3〜4か月くらいで書くスケジュールでしたね。出版予定は2021年3月でした。
しんめいPさん
聞き手
(いま2024年……)
本を書いたことがなかったから、どれくらいかかるかイメージできなかったんですが、結果3年半かかりました(笑)。
しんめいPさん
聞き手
出版のオファーがきたきっかけは、2020年に話題になったしんめいPさんのnote「東洋哲学本50冊よんだら『本当の自分』とかどうでもよくなった話」だったんですよね。大川さんはなぜ、しんめいPさんのnoteに興味をもったのでしょう?
当時はコロナ禍で、みんな先が見えない不安を抱えていて、大川さんも今後の人生に漠然とした不安をもっていたそうです。ちょうどそのころ、サンクチュアリ出版さんの社内会議で「東洋哲学」というキーワードが出ていたことも重なって、僕に連絡をくださったと聞いています。
しんめいPさん
聞き手
当時は自粛ムードで時間ができて、自分の人生を見つめ直す人も多かったですよね。しんめいPさんもそうだったんですか?
僕の場合、コロナ禍以前から自分探しをこじらせていたんですけどね……。コロナ禍の真っ最中は不謹慎かなと思って言えなかったんですけど、じつは僕、緊急事態宣言中ってけっこう心地よかったんです。もともと引きこもり気味だったから、「家にいるやつのほうがエライ」みたいな空気になって、逆転が起きた感じがして。そういう人、いたんじゃないかな。飲み会が苦手な人とか。
しんめいPさん
聞き手
たしかに、それはあるかも。コロナ禍をきっかけに世の中が生きやすい方向へシフトした節はありますよね。

執筆ではどんなところに苦戦したんでしょうか?

なんでしょうね……。当初「こうしよう」と思っていた構想が自分の実力をはるかに超えていて、形にできる気がしなかったというか。東洋哲学という大きなストーリーのなかで、7人のことを本質は捉えつつもおもしろおかしく紹介する。それをするには東洋哲学への理解度が足りなかったんだと思います。

だから文献も大量に読んだし、取材もした。それ以上に、東洋哲学の教えを自分の経験として腹落ちさせていきました。執筆期間中、再婚して子どもが生まれるという人生経験を積んだり、家族や自分の黒歴史と向き合うという修行みたいなプロセスをふんだりしながら、1日10時間くらいボーッと机に向かって湧きあがってくるものに目を向けて……。これこそ瞑想なんじゃないかと思いましたが、そうすることで原稿が驚くほど進んだんです。

しんめいPさん
聞き手
その間、大川さんとはどんなやりとりを?
毎週ミーティングをして、僕の謎の話を2〜3時間聞いてもらうという……。聞いてもらって成仏させることで、人として成長していった感じです。大川さんから悩み相談を受けることもあって、はたから見たら雑談してるだけでしたね(笑)。
しんめいPさん
聞き手
ふたりで対話をすることで、身をもって東洋哲学を理解していったという。なんだかすてきなお話。
この本の執筆を通じて僕自身が東洋哲学に救われました。noteを書いた当時とくらべると、人として10段階くらいレベルアップした気がします。
しんめいPさん

「自分は特殊な人間でいなければ」と切実に思っていた

聞き手
しんめいPさんが東洋哲学に出会うまでのお話も伺いたいです。本の帯にもある「東大卒・こじらせニート」ってかなりパンチのある肩書きだと思うんですが、こじらせ始めたのはいつごろだったんでしょう?
中学生くらいですかね。ただ、きっかけはもっと前にあったような気がします。僕はひとりっ子で、両親ともに忙しかったので、家でひとりで過ごす時間がすごく長かったんです。オセロで自分と対戦したり、そこにあるモノをただじーっと見つめたり(笑)。要は、社会に入れていなかったんですよね。それで中学生活にもなじめず、どんどんこじらせていきましたね。

子どものころ、たとえばテーブルの上の財布をじーっと見つめていると、「これは財布なんだけど財布じゃない」みたいな感覚になることがよくありました。それって、本のなかで紹介した「空(くう)の哲学」、つまり「この世界はすべて空(フィクション)である」という仏教の教えに通ずるものがある。おそらく、東洋哲学に傾倒する素質は昔からあったんだと思います。

しんめいPさん
聞き手
中学時代からはどんな感じでこじらせていったんですか?
まず部活に入るタイミングがわからなくて、僕だけ入りそこねました。みんなは部活で学んだ上下関係や社会性をいつの間にかクラスにも持ち込んでいて、なにも知らない僕は全員友だちだと思って話しかけるんだけど、なぜかみんなから距離を置かれる……みたいな。あとから「俺バカにされてたんだ」と気づいたら猛烈に怒りが湧いてきて、「こんなやつらと同じ世界でやってられるか!」と勉強に走った感じです。
しんめいPさん
聞き手
そのモチベーションで東大にまで行ったのはすごいです……。法学部ということですが、当時の将来の夢は?
いや、具体的にはなかったんですが、商売の世界よりも官僚とか公務員とか「世のため人のため」の仕事がいいなとは思っていましたね。

ただ、最終的に就職先に選んだのは、当時急成長中のIT企業でした。というのも、大学生活を送るうちに「社会性のあるふり」をするのがめちゃくちゃうまくなったんです。社会から排除されない方法やマジョリティーに受け入れてもらう方法を自分なりに研究して試したら花開いてしまったので、フィクションの自分を演じたまま調子に乗って就活。ものすごい高評価を得て、社内の期待値が爆あがりの状態で入社しました。

しんめいPさん
聞き手
入社後、そのフィクションが崩壊したんですね。
はい。本当は社会性がないので「チームでの仕事」が驚くほどできなかったんです。すぐに「あいつは仕事ができない」とバレ始めて、ひっそりと退職しました……。

その後も、鹿児島県の島に移住して教育事業をやってみたり、芸人になってみたり、いろんな自分に挑戦してみたものの挫折。「自然体でうまくやれる本当の自分」がどこかにあるはずだと思って探すけど、結局どれもうまくいかないし虚しい……というループにハマってしまいました。それで32歳で無職になり、離婚もして、実家に引きこもっていたときに、学生時代に買った東洋哲学の本を読み直して……。

しんめいPさん
聞き手
心にぶっ刺さったわけですね。「本当の自分なんてないよ」「みんなからっぽだよ」という教えが。
はい。そこから東洋哲学の本を読みまくり、学んだことを整理しようと思ってあのnoteを書きました。
しんめいPさん
聞き手
東洋哲学に救われて、本も出版して、現在は1児のお父さんということですが、いまの自分はどうですか? だいぶ生きやすくなりましたか。
そうですね、心はだんだん軽くなっていると思います。子どもに関しても、僕はもともと「超変人な自分が親になれるはずない」と思っていましたが、実際に子どもが生まれて育ててみたら、案外ふつうの父親をやれているわけですよね。

いま思えば、僕は昔から自分のことを「特殊な運命を背負って生きる特殊な人間」だと思いたかったんだと思います。社会でうまくやれない自分は、ほかの人とは違う特殊な人間であることを証明し続けなければ死ぬ、みたいな。だから、自分がふつうの人間だと思えるようになって心が楽になった反面、ちょっと残念な気持ちもあります(笑)。

しんめいPさん
聞き手
自分は特殊な人間じゃなかったんだ、と。特殊な人間である理想の自分と、現実の自分とのギャップが埋まらなくて、その苦しさが積み重なっていく感じ、少しわかる気がします。

ずっと抱えていた生きづらさが解消されてきたいま、新たにチャレンジしていることはありますか?

音楽をつくってます(笑)。この本を監修してくださった鎌田東二先生が「神道ソングライター」と名乗って作曲活動をされているんですが、僕もシンセサイザーをやっていると言ったら、「今度ライブやろう、それまでに2曲つくってきて」と。作曲は初めてですけど、なんとかがんばってます。

あとは、いつかまた本を書きたいですね。書いている最中は苦しすぎて「もう二度と書かない」と思っていたんですが、今回書ききれなかったことが自分のなかで成仏できていないので、今後もし世の中にフィットするタイミングがきたら挑戦してみたいです。

しんめいPさん

(取材・文/三橋温子)
(写真/ヨシダショーヘイ)

しんめいP
大阪府出身。東京大学法学部卒業。
大手IT企業に入社し、海外事業で世界中とびまわるも、仕事ができないことがバレてひそやかに退職。
鹿児島にある島に移住して教育事業をするも、仕事ができないことがバレてなめらかに退職。
一発逆転をねらって芸人としてR-1グランプリ優勝をめざすも1回戦で敗退し、引退。無職に。
引きこもって布団の中にいたときに、東洋哲学に出会い、衝撃を受ける。
そのときの心情を綴ったnote、「東洋哲学本50冊よんだら「本当の自分」とかどうでもよくなった話」が少し話題になり、なぜか出版できることになり、今にいたる。
この記事は書籍『 自分とか、ないから。教養としての東洋哲学 』の関連コラムです。