「犬だけが知っていた妻の日課」
「家族がそろうまでがんばって生きた犬」
「犬が必死に飼い主に隠していたこと」
など
犬を見つめ、犬に寄り添い続けた
熟練ドッグカウンセラー・三浦健太氏が贈る
実話をもとにした、20の心温まる犬の話。
「本当の幸せとは?」
「今の私がある理由とは?」
犬たちが教えてくれた大切なことを
家庭や仕事に問題を抱えたさまざま人の
心の成長を通して、やさしく伝えてくれます。
~エピソードの一部を紹介します~
パグのリンは感情豊かな犬でした。
悪いことをして怒られると顔全体でしょんぼりしますし、ごはんの時間が迫ると期待に満ちた目でこちらを見つめます。
家族が帰ってくれば、全身で喜びをあらわしながら突進してきます。
反対に家族が出かけていくときは、クンクン鼻をならしたりしたり、そわそわして、外出を反対をすることもありました。
だから外に出るときは、いつもちょっとした時間が必要です。
リンをお気に入りのソファの上にのせ、「いってくるね」としばらくハグするのです。
むちむちしたさわり心地が最高でした。
部活は私の生きがいでした。
吹奏楽のコンクールが近づくと、帰りが遅くなることもありました。
部活がある日はかならず、太鼓のバチが入ったスティックケースを持って出ます。
そしてスティックケースを持って出る日は、帰りが遅くなります。
そのことに気づいたリンが、毎朝私のスティックケースを隠すようになりました。
ある時は鉢植えの後ろ。ある時はタオルケットの下。ある時は棚と棚のすきまに。
リンはスティックケースさえなければ、私が早く帰ってくると信じていたのです。
おかげで毎朝、リンとの知恵比べに勝たないと、私は出かけられなくなりました。
ただ私は、口では「もうやめてよ」と言いながらも、“宝探し"をけっこう楽しんでいたのですが。
最後の朝も同じようなはじまりでした。
ただ、その日は少し寝坊してあわてていたし、吹奏楽部のコンクールの日も近かったので、私はスティックケースが見つからないことにイライラしていました。
「どこ? リン! 今日はどこやったの?」いくら問いかけても、リンは我関せずと、ソファの上で静かに眠っていたのです。
リンももういい年だったので、一度眠るとなかなか起きません。
どうしようもないので、太鼓のスティックは学校で借りればいいかと思い直し、学校に出かけました。
その日、授業が終わる頃、母から“リンが危ないかも" という携帯メッセージ。
急いで家に戻ると、すでに手遅れだったことを知りました。
ソファの上にはリンが愛用していたタオルケット。
いっぱいの保冷剤。
丸くなったリンの亡骸。
リンが大好きだったソファのすきまにぎゅうぎゅうに押し込まれているものがあって、引っ張り出してみると、それはスティックケースでした。
「今日はよっぽど出かけてほしくなかったんだね」
母がそう言ったとたん、「リン、ごめんね」涙が一気にあふれてきました。
「早く帰ってこれなくてごめんね。宝探しむずかしかったよ。ぜんぜんわからなかったよ。リンの勝ちだよ。降参だよ」絞り出すように泣きました。
(本文とは若干表現が異なります)
編集者からのコメント
犬はまっすぐです。
一度、心を許した飼い主のことを、死ぬまでずっと好きでいるといいます。
その飼い主がどんなに変わってしまっても。
あまり関心を持たれなくなったとしても、犬はずーっと飼い主のことが好き。
そんな犬はドラマのように機転を利かせたりすることはなく、どんなときも、いつまでも“ワンパターンな日常"のくり返し。
でもだからこそ、私たちは犬から多くのことを学びます。
変わるのはいつも私たちで、犬はぜんぜん変わらない。
犬はなにものぞまず、ただ私たちといるだけで幸福だからです。
三浦健太さんは『犬が教えてくれたこと』『犬の頭がぐんぐんよくなる育て方』などでおなじみのドッグカウンセラーの第一人者です。
何万組という犬と飼い主のふれあいをみてきた三浦さんだからこそその目を通して犬を見てみると、犬たちが一体なにを伝えたかったのか、新しい感動とともに理解できるはずです。