カフェ「しくじり」へようこそ

第8話 「今日も仕事が終わらなかった」と嘆く人の思考回路

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「こんにちは〜……。あーー、疲れた。。。」

小鳥遊 「おやおや、これはりんださん。いつもと違う雰囲気ですね」

りんだ 「そうですか?」

小鳥遊 「以前は『しくじった〜!』という感じで、勢いよく来店されることが多かったので」

りんだ 「そっか、そうだったかも。最初の頃は仕事に慣れなくて、ミス連発してたからなぁ」

小鳥遊 「おや? ということは最近はしくじりネタもないと?……ハッ、もしや無銭飲食をなさるおつもりですか?」

りんだ 「いえいえ、残念ながらきちんとしくじり持ってきましたので。少しばかり仕事には慣れてきたんですが、悩みは尽きないものですね。フッ」

小鳥遊 「フフフ。では、りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「はい……今日は本当に体力的にも精神的にも疲れています」

小鳥遊 「一体どうしたんですか?」

りんだ 「小鳥遊さんのアドバイスもあって、ちょっとしくじっても『しびれるなぁ!』という呪文を唱えて気持ちを落ち着かせたり、とにかく仕事を小さく切り分けて手順書を作って進めたりして、乗り切ってたんです」

小鳥遊 「ありがとうございます」

りんだ 「怒られてばかりだった上司にもちょっとずつ認めてもらえているのか、仕事を頼まれるようになってきたんです。そしたら、だんだん仕事を溜めるようになってしまいました

小鳥遊 「なるほど。もしかしたら、残業でお疲れなのでしょうか」

りんだ 「そうなんです。仕事の手順書を作ってリスト化しているんですが、ズラッと並んだリストを見てはうんざりしてるんです」

小鳥遊 「分かります。私も会社員だったころ、同じ経験があります」

りんだ 「あまりにもうんざりするから、目の前の簡単な仕事ばかりに逃げちゃって。定時ごろにようやく現実に向き合いはじめて『あ〜〜、あれまだやってないな〜』なんて考えながらウダウダしてるんです。残業してても、なんか進んでる感もないし……」

小鳥遊 「抱える仕事が多くなってくると、ただそれだけで動きが鈍くなりがちですよね」

りんだ 「はい……あ、今猛烈にお腹が空いてきました。今日は一体何が出てくるんですかっっ」

小鳥遊 「……疲れている割に、食べ物への意欲は一段と前のめりですね(笑)」

りんだ 「いいじゃないですか〜〜、私、しくじり提供しましたよっ!」

小鳥遊 「はい、もちろんです。今日のりんださんにぴったりのお食事をお出しします」

りんだ 「わーーーい!!」

***

小鳥遊 「お待たせしました」

りんだ 「これは、まさか、焼肉!?」

小鳥遊 「はい、そうです。私、焼肉が大好きでして。ホットプレートを導入して、たまに仲の良いお客様と一緒に食べてるんです」

りんだ 「これはある意味、私が小鳥遊さんと仲良くなった証でもあるってことですか(笑)」

小鳥遊 「まー、そうなりますかね。これまで数々の素晴らしいしくじりをハイペースで提供してくださいましたから、そのお礼といっては何ですが」

りんだ 「嬉しいような、嬉しくないような」

小鳥遊 「細かい話はさておき、さっそくお肉を焼いて食べま……」

(ジューーーーッッ!!!)

小鳥遊 「って、りんださんもう焼いてる?」

りんだ 「ん〜〜〜、良い匂い! ほら小鳥遊さん、早くもっと焼きましょうよ! それにしても、このホットプレート小さいですね! あんまりお肉が焼けない。なんでもっと大きいのにしないんですか!? 私はこんなにお腹が空いているのに!」

小鳥遊 「フフフ、さすがりんださん。切り替えも早いですね。そして、今日もいいところに気がつきましたね。私、あえてホットプレートは小さいのを選びました」

りんだ 「え、なんのことですか? そんなことより、肉をください。肉を。にーくー!」

小鳥遊 「……コホン。りんださん、肉を焼きながらお聞きくださいね。肉が仕事だと考えてください」

りんだ 「え〜、肉が仕事だなんて、せっかくのお肉がまずくなっちゃう〜! 話半分で聞いときますね」

小鳥遊 「フフフ。食べられないくらいの量をいっぺんに焼いてしまう。そんな人にはどう助言しますか?」

りんだ 「『いきなり全ての肉を焼かずに、まずは食べられる量だけを焼きましょう』でしょうか?」

小鳥遊 「おしい!」

りんだ 「おしいんですか?  あと少しはどこだろう?」

小鳥遊 「焼肉食べ放題のお店で、網の上の大量の肉を目の前に、ぐったりしている人いませんか?」

りんだ 「います、います。肉が焦げちゃったりして」

小鳥遊 「明らかに頼みすぎなんですが、お腹が空いていると、いくらでも食べられる気がしますからね。そんな人に『お肉は少しずつ頼んで』なんて嫌味になってしまいます」

りんだ 「まさにこの前、そういうグループいましたよ。男4〜5人くらいで『おれ今日いくらでも食べれるぜ!』ってイキって入ってきて、最初は威勢がよかったのに、途中次々に『おれ、ちょっと休むわ。あとよろしく』とか言って、焼いた肉をダメにする大学生! ほんとダメですよねー!」

小鳥遊 「すみません、それ20数年前の私です……」

りんだ 「あ、なんかすみません……」

小鳥遊 「いえ、身から出たサビですので……えーと、あらためてお聞きしますが、そんな人はどうすればいいと思いますか?」

りんだ 「そうですね。たしかに、網いっぱいに肉を敷きつめるあのワクワクは止められない……だったら、もともと網にたくさん置かないでって話ですよね?……あっ! 網の大きさ!?」

小鳥遊 「いいところに気がつきましたね。自分がどれだけ『今日はいくらでも食べられる!』と思っても、そもそも肉を焼く網の大きさは決まっています。それを逆に利用するんです」

りんだ 「今回で言えば、ホットプレートを小さくしておけば、そもそも焼きすぎることはないってこと?」

小鳥遊 「そうです。どれだけ調子に乗っていても、たくさん焼けないようにしておくんです。 あの頃、私もそうすべきでした。学生時代の自分たちに小一時間ほど説教したい……私と、それと同期の今井、岩城、亀井、小林……」

りんだ 「あの、小鳥遊さん、目があさっての方向をむいてます。帰ってきてくださーい」

小鳥遊 「…………はっ、失礼しました」

りんだ 「肉を仕事に置き換えると……たくさん仕事はあるけど、『今日一日』とか『これからの1時間』とか、限られた時間内に『できる分だけ』の仕事をリストに書いておけばいいってことですか?」

小鳥遊 「はい。例えば、Aという仕事を完成するためには、たしかにアレコレやらなきゃいけないかもしれない。でも『ホットプレートの大きさ』、つまり『今日一日の大きさ』を考えると、できるのは『先方にメールを送る』。たったこれだけかもしれませんよね」

りんだ 「そっかあ。たくさんの仕事が目に入ってきて、焦ることもなくなりそう」

小鳥遊 「はい。肉のストックがある棚から、このホットプレートに食べられる分だけ取り分けるように、りんださんが書き出した手順書から、『今日はこれと、これと、この手順書をとりあえずやろう』と取り分ける。すると、ズラッとリスト化された仕事を全部やろうとしてうんざりする、なんてことを避けられます」

りんだ 「そっか! ホットプレートが小さいのは、たくさん取り分けすぎないようになんですね!」

小鳥遊 「はい。私も、『あの仕事も、この仕事も、全部やってしまおう』と頑張りがちだったんですよ。でも結局やりきれず、仕事の山を前にため息をつく毎日を送っていました。りんださんと同じです。その自戒も込めて、肉を一気に焼きすぎないように、わざとホットプレートを小さくしているんです」

りんだ 「なるほどねぇ……。仕事は絶えず発生するから、手順書化してストックはしておく。でも実際に目の前に置く仕事の数は限られるようにしておく、と」

小鳥遊 「ストックされた仕事全部が書いてあるリストと、とりあえず目の前においておく仕事リスト。この2つを使いこなせるようになると、よりいっそう仕事も無理なく進められると思いますよ」

りんだ 「ありがとうございます。膨大な仕事量を目の前に、うんざりしていた自分が、少し変われるような気がします!」

小鳥遊 「あ、焦げてます」

りんだ 「あー! せっかく私が大事に焼いていた肉がー!」

小鳥遊 「つい話に熱が入ってしまってすみません」

****

すっかり元気になった様子で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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