カフェ「しくじり」へようこそ

第3話 「自分の頑張りを察してほしい」は、無理ゲー?

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

静まりかえった店内。マスターの小鳥遊(たかなし)は食器やグラスを夢中になって拭いている。ちょっと前からお客が一人、カウンター席のすみに黙って座っているのだが、小鳥遊は気が付いていない。

小鳥遊 (最近は軽めのしくじりが多いな。こないだなんか、「スターバックスでうまく注文できなかった」だったし。なんか物足りないなぁ)

りんだ 「…………………」

小鳥遊 (もっと困り感濃厚なしくじりが欲しいなぁ)

りんだ 「……ふううう〜〜〜!!」

小鳥遊 「★!%$#?>!!?」

りんだ 「ちょっと小鳥遊さん、さっきから私ここにいるんですけど!」

小鳥遊 「気が付かずに失礼しました。りんださん、いらっしゃいませ」

りんだ 「せっかく、小鳥遊さんのためにしくじりを持ってきたのに」

小鳥遊 「それはありがとうございます! だから今日、りんださん影が薄いんですね。全然気が付きませんでしたよ」

りんだ 「それは小鳥遊さんの注意不足なだけだと思うんですけど」

小鳥遊 「フフフ、そうですね。いやいや重ね重ね失礼しました。では、りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「前も話したかもしれないんですけど、最近家でリモートワークしているんです。最初は、満員電車に乗らなくていい! 通勤時間を他の活動にあてられる! 服装も自由! 最高! って思ってたんです」

小鳥遊 「たしかに、リモートワークのメリットですね。やることやっていればそれ以外は何していたっていいですからね」

りんだ 「そこなんですよ……。私、こんなときこそサボらずにちゃんとやろう! って思って頑張っていたんです。でも、これができました! とかいちいち報告したら上司に面倒ぐさがられるかな、って思って、自分だけでコツコツと仕事をしていたんです」

小鳥遊 「素晴らしい気遣いですね。そんな部下を持って、りんださんの上司の方はさぞ満足しているのでは」

りんだ 「いや、それが裏目に出ちゃって。『りんださん、家で何やってるの? ちゃんと仕事してる? もしかして、他のことしてない?』って言われちゃったんです。リモートワークだから、部下がちゃんと仕事しているか気になるのは分かるんですけど、信用してくれてないのかなって……。はぁ」

小鳥遊 「そうだったんですね。上司の方の気持ちも分からなくもないですが、ただでさえストレスがたまる環境な上に、余計にストレスを抱えてしまいましたね」

りんだ 「そうなんです! だから、私のこのしくじりに合う、ストレス解消にガツン! と食べられる料理が欲しいなって!」

小鳥遊 「ガツン! ですか。承知しました。では、ソースとマヨネーズ、青のりをこれでもかとばかりにかけたお好み焼きを作ってさしあげましょう」

りんだ 「うわぁ、いいですね!」

****

小鳥遊がお好み焼きを作り始める。

キャベツを刻む。薄力粉を溶いて熱した鉄板の上に流しこむ。粉末のかつお節を振りかけ、キャベツ、もやしを乗せ、天かすをパラパラと落とす。

りんだ 「肉多めでガツンとお願いしますね!」

小鳥遊 「かしこまりました」

豚バラ肉を何重にも重ね、水をかけてほぐれた焼きそばの麺を乗せる。ひっくりかえして、鉄板の上で薄くのばして焼いた卵の上に乗せる。

りんだ 「目の前で作ってもらうのっていいですね。すごく臨場感があるなぁ」

小鳥遊 「そうですね。できあがるまでの様子が見て分かると、ご好評いただいているんです」

最後の仕上げに、ソース、マヨネーズ、かつお節、青のり、紅ショウガをたっぷりかけて、小鳥遊はりんだにお好み焼きを出した。

りんだ 「ありがとうございます。いただきます!」

またたく間にお好み焼きを完食し、落ち着いたところ小鳥遊がとつとつと話し出す。

小鳥遊 「ところでりんださん、今目の前でお好み焼きを作りましたが、上司の方の気持ちがお分かりいただけたんじゃないかと思いましてね」

りんだ 「私が? 上司の?」

小鳥遊 「はい。できあがったお好み焼きを裏で作ってきてもいいのですが、『今どこまで作っていて』『あとどれくらいでできあがるか』『順調に進んでいるか』などが分かると、より安心する気がしませんか?」

りんだ 「あぁ……、たしかに、『私のために作ってくれている』感がありました」

小鳥遊 「おそらくですが、りんださんの上司の方は、それが欲しかったのではないでしょうか」

りんだ 「えっと、さすがに仕事の様子をずっと生中継するのはちょっと……」

小鳥遊 「いえいえ、『何を作るか』『レシピ』、それが『どこまでいったか』が分かるだけでいいんです」

りんだ 「それは料理の話ですよね。私が悩んでいるのは仕事なんです。もっと分かりやすく!」

小鳥遊 「フフフ、すみません、そうですよね。仕事だったら、『目的』『手順』『進ちょく』。この3つを分かるようにしておくだけでもいいと思いますよ」

りんだ 「……そっか。リモートワークだから、自分の頑張りとかを雰囲気で察してもらうのは難しいって思ってたけど、小鳥遊さんの言った3つを上司が見られるようにしておけばいいわけね……」

小鳥遊 「そうですね。仮に成果までたどり着いていなくても、りんださんがどこまで頑張っているかが見てわかりますからね」

りんだ 「でも、それってどうやるんですか?」

小鳥遊 「りんださん、近頃はリモートワーク対策でいろいろとネットを使ったツールが出てきてるって話じゃないですか。お金をかけずとも使えるものも結構あるって聞きますよ」

りんだ 「……あ〜、Googleスプレッドシートとか?」

小鳥遊 「そのあたり、りんださんが使いやすいと思うものでいいんです。とにかくお互いが好きなときに、書けたり見たりできるものを使えばいいんじゃないでしょうか」

りんだ 「なるほど。大事なことは、どんな仕事を、どんなレシピで、どこまで進めているかを無理なくリアルタイムで共有するってことかぁ。それなら私も上司も、リモートの不安が少なくなりそう。私、提案してみます!」

小鳥遊 「お、表情が明るくなりましたね。そういえば、お好み焼きはご要望通りガツンときましたか?」

りんだ 「はい、かなりガツンとしたものをいただきました。明日の活力になりそうです。ごちそうさまでした!」

そう言うと、りんだは満面の笑みでカフェを出ていった。

りんだの後ろ姿を見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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