カフェ「しくじり」へようこそ

第6話 仕事でミスって心がザワザワしたら、取り急ぎこの呪文を唱えてみて

#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ チリン、チリン〜♪)

りんだ 「あ、風鈴だ。ようやく夏かぁ。綺麗な音だけど、暑いし仕事もうまくいかないし、風鈴の音色を楽しむ余裕ないな、はぁ……」

小鳥遊 「これはこれは、りんださん。元気なさそうですが、今日もとびきりなしくじりをお持ちくださったんですか??」

りんだ 「ちょっと夏バテしてるだけです。小鳥遊(たかなし)さんの料理は美味しいので、食べて元気出そうと思って」

小鳥遊 「ご存知の通り、しくじりをお話いただかないとお料理は出せないのですが……」

りんだ 「ふんっ! もう小鳥遊さん、おちょくらないでくださいよ。私もそれくらい分かってます。しくじりがあるから来たんですよ!……悔しいけど」

小鳥遊 「フフフ。では、りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「この前、目の光る人形の発送をミスってしまったって話、覚えてますか?」

小鳥遊 「はい、あの話は本当に刺激的で面白かったですねぇ」

りんだ 「笑わないでください! 小鳥遊さん!!」

小鳥遊 「すみません、すみません。でも内容が内容だっただけに、つい」

りんだ 「はい、追加機能の搭載を忘れて発注してしまった結果、お客様はお怒りでしたが、なんとかそのあとの取引は続けていただけることになったんです」

小鳥遊 「おぉそれは良かったですね」

りんだ 「だから私、ミスの分を挽回するために頑張ろうって思って。急いでいろんな仕事を進めたんです」

小鳥遊 「ほうほう、なるほど」

りんだ 「案の定、もっと大きなミスを連発してしまって……」

小鳥遊 「あららら」

りんだ 「上司のフォローもあって、その場はなんとかなったんですが、、、今度は上司に爆発されちゃいました。“お前、何度言ったらわかるんだー!!!”って」

小鳥遊 「それで、りんださんは?」

りんだ 「もうそうしたら私、何も考えられなくて、その日が終わるまで何してたか覚えてないくらいショックでした(泣)」

小鳥遊 「シビレるなぁ!!!」

りんだ 「っへ???」

小鳥遊 「いや、だからシビレるなぁ!! って思って」

りんだ 「いや、ここでシビレるって、どういうこと? やっぱり、小鳥遊さんってちょっと変わってますよね」

小鳥遊 「いやはや、りんださん大変でしたね。聞いてるこっちまで胸がズキズキしましたよ」

りんだ 「ズキズキしてる割には『シビレるなぁ!!』とか言って、楽しそうでしたけど」

小鳥遊 「だからこそなんですよ、りんださん。これはある意味、気持ちを整えるための呪文なんです

りんだ 「呪文!?!?」

小鳥遊 「そう、呪文です。それはそうと、やっぱりちゃんとしくじりを持ってきてくれましたね」

りんだ 「やっぱりってなんですか!」

小鳥遊 「まぁまぁ、そうカッカせずに。ケーキとコーヒーでもいかがですか。おいしいシフォンケーキができたので、よろしければ」

りんだ 「わぁ! ありがとうございます! 上司のことを考えると落ち込んでしょうがないけど、甘いものを食べたら落ち着けるかな……」

りんだの前にケーキとコーヒーが出される。卓上に置かれたコーヒー用のミルクを手に取る。

りんだ 「……あれ?」

小鳥遊 「どうされました?」

りんだ 「ミルクが出てこない……」

小鳥遊 「おかしいですね。毎日確認しているのですが」

りんだ 「えいえい」

小鳥遊 「あ、ちょ、まっ」

りんだ 「えいえいえい!」

小鳥遊 「あまり容器をぶんぶん振ると中身のミルクが……」

りんだ 「どぉりゃー!」

小鳥遊 「あーーーーーーっ!!!!」

りんだと小鳥遊にミルクのしぶきが飛び散る。

りんだ 「……すみません」

小鳥遊 「ご心配には及びません。りんださんこそ大丈夫ですか?」

りんだ 「はい、大丈夫です」

小鳥遊 「よかったです。りんださん、こんなときこそ例の呪文ですよ」

りんだ 「……し……しび……しびれるなぁ???」

小鳥遊 「よくできました!」

りんだ 「……ああ、確かにただ落ち込むよりは、気持ちが落ち着くかも」

小鳥遊 「そうでしょう? さぁさぁ、コーヒーもどうぞ。自慢の豆なんです」

りんだ 「ありがとうございます。いただきます」

(ズズズ……)

りんだ 「それにしても、なんで『シビレるなぁ』って言うようにしてるんですか?」

小鳥遊 「もともと私は、ちょっとしたミスでも大きく責任を感じてしまって、落ち込む癖がありました」

りんだ 「いつもの小鳥遊さんからは想像できませんね……」

小鳥遊 「そうですか? 実は今でもその癖はありましてね。でも、いっそ他人事にすれば落ち込まずに済むんじゃないかと思って、ちょっと突き放すような言葉を言うようにしたんです」

りんだ 「それが『シビレるなぁ』ですか」

小鳥遊 「はい。少し笑いながら、しょうがないなぁといったニュアンスで言うのがコツです」

りんだ 「ウソから出たまことって言いますけど、とりあえず口に出して自分に言い聞かせて、いつのまにか気持ちが少し落ち着いてくる感じがします」

小鳥遊 「早速、呪文を習得なさいましたね。さすが、しくじりの達人は上達がはやい!」

りんだ 「……全然嬉しくないんですけど」

小鳥遊 「フフフ、失礼しました。ところで、当店自慢の豆で淹れたコーヒーのお味はいかがですか?」

りんだ 「ケーキによくあって美味しいです。今ふと思ったんですけど、コーヒーって苦いのに美味しく感じますよね。不思議です」

小鳥遊 「フフフ、りんださん。いいところに気がつきましたね」

りんだ 「えっ?」

小鳥遊 「コーヒーって苦いですよね、とくにブラックは。でもケーキといっしょにコーヒーをいただくと、どうでしょうか? ケーキの甘さが際立って、より一層、どちらも美味しく感じませんか?」

りんだ 「ああ、たしかに」

小鳥遊 「私はしくじりも似たようなものだと思うんです。そのしくじりだけを見ると、辛いし嫌だし、もう経験したくないって思います。だけど、そのしくじり経験は活かし方次第で、人生のなかで必ずいい味を出してくれるものになります

りんだ 「しくじりがコーヒーの苦味みたいなものってことですか??」

小鳥遊 「はい、そうです。実際私にもりんださんと同じようなしくじり経験が、たくさんあるんです。それはもう、りんださんに負けないくらい。笑」

りんだ 「そうなんですか!? どおりでやたら共感してもらえると思った」

小鳥遊 「フフフ。同じような経験があるからこそ、りんださんのお話を聞いてあげることができますし、ささやかながらアドバイスできることもあります」

りんだ 「そうですね。小鳥遊さんのアドバイスは他の人とは何か違うんですよ。仕事ができない私の気持ちをわかっているような感じで」

小鳥遊 「それは良かったです。私のしくじり経験も浮かばれます。それにしくじり経験という“苦味”があるからこそ、うまく出来たときの喜びという“甘み”が引き立つんですよ。だから何かがうまくいった時の喜びはひとしおです」

りんだ 「そうなんですね……。確かにそうですよね。私もいつかそう思える日が来るかな」

小鳥遊 「来ますよ。そう思える日が来るように、しくじって落ち込んでしまったら、いつでもカフェしくじりに来てください。全力で美味しいものをご用意しますよ!」

りんだ 「やったぁ!!! 小鳥遊さん、今日もありがとうございます。ケーキとコーヒー美味しかったです♪」

小鳥遊 「あっ、りんださんコーヒーこぼしてシャツについてますよっ!」

りんだ 「あら〜〜〜、シビレるなぁ!笑」

小鳥遊 「フフフ、その調子です!」

****

すっかり元気になった様子で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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