カフェ「しくじり」へようこそ

第17話 スカッとするよりも大切なこと

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「……。」

小鳥遊 「りんださん、いらっしゃいませ。少し元気がないようですが…」

りんだ 「小鳥遊さん、私またやってしまったような気がします……ストレートな物言いをする後輩にうまく指導できなかったんです」

小鳥遊 「フフフ、ありがとうございます。いいしくじりの予感がします。じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「その後輩は、竹を割ったような性格といえば聞こえはいいんですが、ちょっと表現がストレート過ぎるんです」

小鳥遊 「どんな風にストレートなんでしょう?」

りんだ 「去年末のことです。お客様に『勝手に鏡開き』という当社の製品をご紹介していたんですね」

小鳥遊 「勝手に……鏡開き? どんなものですか?」

りんだ 「簡単に言うと、鏡開きの日にホログラムの神様が現れて、神様が『よきかな、よきかな』と言うタイミングに合わせて勝手に割れる機能のついた大きなお餅の塊です」

小鳥遊 「それはまた御社らしい変な……いえいえ、個性的な商品ですね」

りんだ 「ええ、『割れる手間が省ける』と多くのお客様に好評いただいてるんですが、あるお客様のところにうかがった際、後輩がちょっと言い過ぎてしまって、怒らせてしまいました」

小鳥遊 「血気盛んな後輩さんなんですね。どんな言い方だったんですか?」

りんだ 「きっかけはお客様の『それにしてもこの神様の機能は必要あるのかねぇ?』という言葉でした。後輩は神様のホログラムにこだわっていて、技術者と一緒にその仕組み作りにとても力を入れていたんです」

小鳥遊 「なるほど。頑張って作ったところを否定されて反論したくなったわけですね」

りんだ 「おそらくそうだったんだと思います。そこで後輩は『鏡開きに神様がつくのは当たり前のことです』と言い、お客様をムッとさせてしまいました」

小鳥遊 「たしかにストレートな言い方ですね。ムッとしたお客様へのリカバリー対応、大変だったでしょうね」

りんだ 「ええ、まぁ、結局お買い上げいただけたんですけどね」

小鳥遊 「ど、どういう展開……?」

りんだ 「それは私の機転でカバーしたんですが……そこで帰り道に後輩に教えなきゃいけないと思ったんです。でも、後輩の言うことにも一理あるかなと思ってしまって、うまく教えられなかったんです」

小鳥遊 「なるほど。その素晴らしい機転は気になりますが、とにかく大変でしたね」

りんだ 「後輩育成のしくじり、どうすればよかったんでしょうか」

小鳥遊 「まぁ、ちょっと季節外れですがとりあえずお汁粉でもいかがですか?」

りんだ 「ありがとうございます!」

****

りんだ 「お汁粉は、お餅を引き立てますねー! とてもおいしいです」

小鳥遊 「ありがとうございます」

りんだ 「今回の私のしくじりに関するヒントは、もしかしてこのお汁粉かしら?」

小鳥遊 「そうです。さすが、察しがいいですね。どういうことだと思いますか?」

りんだ 「おそらく、お餅だけではなく、あんこの汁を一緒にすることでお餅がドンドン食べられる! ということだと思うので……」

小鳥遊 「はい、いい線いってます」

りんだ 「今回の後輩くんも、少し口当たりの良い味を絡ませられたらいいのに、ということでしょうか?」

小鳥遊 「はい、そうです。クッション言葉とアイメッセージを言いたいことに絡めます」

りんだ 「クッション言葉って、いったん相手の言葉を受け止めてから、自分の伝えたいことを言うときに使うものですね」

小鳥遊 「そうです。『恐れ入りますが』とか言いますね。もっと発展させて、まずは肯定的に受け止めるのもありだと思いますよ。また、『なるほど、そうなんですね/そうかもしれないですね』と、ひとまず言ってしまうのもありです」

りんだ 「そうすると、『なるほど、そうかもしれないですね。ただ、鏡開きに神様がつくのは当たり前のことです』となりますね。たしかに、少し受け入れやすくなりましたが、どこか上から目線というか、『わかっていて当たり前なのがわかりませんか?』といった雰囲気がまだあるような気がします」

小鳥遊 「そうですね。そこでアイメッセージも付け加えます」

りんだ 「アイ……『自分の』という意味ですか?」

小鳥遊 「はい。『自分はこうです/こう考えています』という意味合いにします」

りんだ 「フムフム……『なるほど、そうかもしれないですね。ただ、鏡開きに神様がつくのは当たり前のことだと私は思っているんです』となると、かなり印象は柔らかくなりますね」

小鳥遊 「『私は』が主語になっているぶん、思いがこもっている感じがしますよね。こんな風にして、クッション言葉とアイメッセージを絡ませながら言いたいことを伝えると、コミュニケーションは少しやりやすくなります」

りんだ 「仕事の場では、『〜だと思います』は正確な報告をするときなどはやめた方がいいですが、個人的な意見や感想は、クッション言葉やアイメッセージを付け加えて、柔らかく伝えた方がいいかもしれませんね」

小鳥遊 「おっしゃる通りです。特に意見を出し合う会議のような場では、まずは相手の意見を否定せず受け止めて、『あくまで自分の個人的な意見ですが』という伝え方をすると、結果的に伝えたいことが伝わります」

りんだ 「なるほど! ありがとうございます! 後輩くんにそのように教えますね」

小鳥遊 「はい、後輩さんのためになると思います」

****

悩みが解決し、スッキリ納得した状態で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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