カフェ「しくじり」へようこそ

第16話 やる気はあるのに、仕事が終わりません

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「う〜ん、仕事のスピードって、どうしたら速くできるんだろう?」

小鳥遊 「おや、仕事の進めかたフリークの私としては聞き捨てならない話題が聞こえてきましたね。りんださん、いらっしゃいませ」

りんだ 「小鳥遊さん、こんな話題に食い付いてきてくれてありがとうございます。実は、最近残業が多くて。昨日と一昨日は、終電も逃してしまったんです」

小鳥遊 「それは大変でしたね。ちょうどいいマグロを仕入れたんです。マグロをご馳走しますので、そのしくじり体験、じっくり聞かせていただきますね」

****

小鳥遊 「それではマグロをご馳走します。さぁ、どうぞ!」

全長1メートル、100キロはゆうに超えるであろうマグロが、カウンターの台に鎮座している。

りんだ 「……いや、あの、小鳥遊さん。マグロをいただけるのは嬉しいんですが、目の前にマグロ一匹だけドンと出されても、どうすればいいか分からないです」

小鳥遊 「フフフ。それもそうですね」

りんだ 「……でもきっとお刺身とかにしたら美味しいんだろうなぁ!」

小鳥遊 「ええ、これはきっと美味しいですよ。では、これからこのマグロを解体しますので、ちょっと手伝ってくれませんか?」

りんだ 「ええっ? 一度やってみたかったんです。ぜひよろしくお願いします!」

小鳥遊 「それじゃ、まずは質を確認するために尻尾を切ります。この包丁で一思いにいっちゃってください!」

りんだ 「えいっ!」

小鳥遊 「おお、一発で尻尾を切れましたね。ほら、いい具合に脂が乗ってます。ここからはちょっと腕力が必要なので、私がやりますね」

そう言うと、小鳥遊は頭の部分を切り落とした。

小鳥遊 「ここは生では食べられませんが、ホホ肉などは焼くととても美味しいんです」

さらに、背中の部分を切り出し、次に腹の部分を切り離す。

小鳥遊 「この背中の部分が、一般に言われる『中トロ』、腹の端っこの白い部分が『大トロ』と呼ばれる部分ですね」

りんだ 「小鳥遊さん、いつのまにか日本刀みたいな包丁を持ってますね」

小鳥遊 「普通の包丁じゃあ切れないですからね」

そう言いながら、小鳥遊は、露出したマグロの骨にくっついている「中落ち」をスプーンで削ぎ取り、巧みに包丁を入れて骨をはがした。

小鳥遊 「これで解体は終わりですね。頭、腹、背中のそれぞれを使います」

小鳥遊は、赤身、中トロ、大トロに分けて一口大に切っていく。

小鳥遊 「まずは、それぞれの刺身の盛り合わせです」

りんだ 「わー! 美味しそう! いただきまーす!!」

小鳥遊 「それと、にぎり寿司です。こちらもたっぷり召し上がってください」

りんだ 「わー、そんなにすぐ食べ切れないです!」

小鳥遊 「いえいえ、ごゆっくり。この後は、ホホ肉のステーキもありますので、あまり食べ過ぎないようにしてくださいね」

りんだ 「ええっ、美味しくて、もう結構詰め込んじゃいました……」

小鳥遊 「美味しいと言っていただけて嬉しいです。ちょっと落ち着いてから、ホホ肉いきましょう」

りんだ 「ありがとうございます!」

****

りんだ 「ところで、最初に話した私の悩みなんですけど…」

小鳥遊 「はい、仕事のスピードが遅くて終電も逃してしまったと言ってましたね」

りんだ 「そうなんです。どうしたら仕事のスピードが速くなるのか、どうしても知りたくて」

小鳥遊 「私も会社員時代に同じ悩みを抱えていました。終電で帰るには何時に会社を出ればいいのか覚えていましたね」

りんだ 「分かります! 今の私がそんな感じです」

小鳥遊 「それはちょっと気をつけた方がいいですね。りんださんは真面目で責任感もありますから、これからもっとたくさんの仕事を抱えることになります」

りんだ 「予言者みたいですね…でも、そんな気がします」

小鳥遊 「そうなると、終電を逃す日も今より多くなり、睡眠不足や不摂生がたたって仕事のミスも多くなります。それを取り返すために仕事にもっと時間をかけるようになる、という悪循環が生まれかねません」

りんだ 「それは避けたいです! どうしたらいいんですか!?」

小鳥遊 「ヒントは、『マグロ一匹』です」

りんだ 「マグロ一匹…?」

小鳥遊 「私がマグロ一匹をいきなりドーンと目の前に置いて『さぁ、どうぞ』と言ったとき、どう思いましたか?」

りんだ 「ええと、『どうすればいいか分からない』と思いました」

小鳥遊 「そこに、スピードアップのカギが隠されているんですよ」

りんだ 「ええっ、気がつきませんでした。もしかして、マグロに含まれる栄養成分のDHAですか?」

小鳥遊 「フフフ、たしかにDHAには脳細胞を活性化させる働きがありますが、そこではないです」

りんだ 「そうですよね。そうだったとしても、解体して切り分けなきゃ刺身にして食べられませんものね」

小鳥遊 「そこですっ!!!」

りんだ 「ひっ!」

小鳥遊 「いきなり大きな声を出してすみません。りんださん、今正解をおっしゃいました」

りんだ 「もしかして、『解体しなきゃ食べられない』ですか?」

小鳥遊 「そうです。私の経験からですが、仕事が遅いときは、課された仕事を目の前に『何から手をつければいいのだろうか?』と考えあぐねていることが多いのですよ」

りんだ 「あー、なるほど! マグロも仕事も、解体しなきゃ食べられない、手をつけられない、ということですね」

小鳥遊 「そうです。仕事が遅い人の多くは、着手の遅さがダイレクトに影響していることがとても多いんです。そしてそれは、自分ができる大きさに切り分けていないことが原因なんです」

りんだ 「たしかに、『業務改善企画書作っといて』って言われて、『何からやればいいのだろう?』と考えこんでしまい、気がついたら小一時間経っていたことがありました」

小鳥遊 「その時間の分だけ仕事の完了時間が後ろ倒しになるわけです。そうならないために手順を解体して、とにかく行動して仕事を進めることが大事なんです」

りんだ 「そうか…『まずは過去の改善案を見てみることから始めよう』とか、具体的に行動できる大きさに切り出すんですね」

小鳥遊 「いいですね。何か動けば、その先の行動もおのずと分かってくるものです。そうして『マグロ一匹を目の前に何もできない』といった無駄な時間をなくしていくと、結果的に仕事が速くなるものではないでしょうか」

りんだ仕事の速さは、無駄な時間をどれだけなくせるかなんですね」

小鳥遊 「そうだと私は思います。お、ちょうどホホ肉が焼けましたので、召し上がってください」

りんだ 「ありがとうございます! ちょうど少しお腹にも余裕ができてきたところだったんです! いただきまーす!」

****

りんだ 「私、仕事が速い人は、頭の回転が速いとかだと思っていました」

小鳥遊 「たしかに、頭の回転が速いことで異様に仕事が速い人はいます。でも、それはごく一部です。少なくとも、私やりんださん、つまり私たちは、『驚くほどの頭の回転の速さ』を持ち合わせていませんでしょう?」

りんだ 「ええ、はい(笑)」

小鳥遊 「それなら、どこで太刀打ちできるかです。その結果出した答えが、『マグロ解体ショー』です」

りんだ 「そうですね。頭の回転を速めようとしても、難しいですもんね。今の自分を受け入れて、その上でどうしていくか、ですね」

小鳥遊 「でも、りんださんのホホ肉を食べるスピードはなかなかのものですよ」

りんだ 「それは、小鳥遊さんが食べやすく料理してくれたからです」

小鳥遊 「ありがとうございます」

りんだ 「明日からは、まずは仕事を着手しやすい大きさの手順に解体するところからやってみます」

小鳥遊 「はい。ぜひやってみてください。『マグロ一匹、ドーン!』みたいな難しそうな仕事がきても、一気にさばこうとせずにまずは一口で食べれそうな、つまり小さな手順へ分解してみてください」

りんだ 「仕事解体ショーですね! 明日からは終電を逃さなくて済みそう……いや、定時上がりを目指します!」

小鳥遊 「良い心がけです! でも、まずはいつもより1時間でも早く帰ることを目指してみては?(笑)」

りんだ 「そうでした(笑)。 わたし、すぐ『マグロ一匹、ドーン!』みたいな目標設定しちゃいますね。気をつけます!」

****

悩みが解決し、スッキリ納得した状態で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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