カフェ「しくじり」へようこそ

第20話 大切な予定、穴をあける前に

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

無言で店に入ってくる、常連客のりんだ。

小鳥遊 「おや、りんださん。いらっしゃいませ。元気ないですね」

りんだ 「……小鳥遊さん、またしくじりをやってしまいました。ショックで弱っているので、何か体にいいものを…野菜中心の何かを食べさせてください」

小鳥遊 「承知しました。ちなみに、どのようなしくじりを?」

りんだ 「大事なお客様との面談の予定を忘れてしまったんです」

小鳥遊 「おや、それは大変でしたね。その話、じっくり聴かせていただきますね」

****

りんだ 「私が担当している中で1、2位を争う大口のお客様なんです。先月にこちらからお願いして、新製品のご紹介の面談の時間をいただいたんです」

小鳥遊 「いい関係をお持ちなんですね」

りんだ 「それが、その面談の日時を書いたメモをなくしまして」

小鳥遊 「あ~、分かります。そういう大事なメモほどなくしがちですよね」

りんだ 「ええ、そうですよね。でも『覚えてるから大丈夫』とたかをくくっていたんです。来週の水曜日だと思っていました。それが…」

小鳥遊 「今日だったってわけですね」

りんだ 「はい……。上司から『今日だったよね?』と確認されてはじめて自分の記憶違いが分かって。新製品の紹介のプレゼンもしっかりしようと思っていたのに、その準備も全然できていなかったんです」

小鳥遊 「上司の方の一言があってよかったですね」

りんだ 「本当にそうです。ただ、何の準備もないままで臨まなければいけなくて、面談中は生きた心地がしませんでした…」

小鳥遊 「いや~、なかなかいいしくじりですね! あ、いや、失礼しました。大変な経験をされたのですね」

りんだ 「そんな私に、何か食べ物を恵んでください…」

小鳥遊 「承知しました。それでは、ちょうど野菜が余っていますので、野菜と鶏肉のごった煮でも作ってさしあげましょう」

****

小鳥遊は、少量のゴマ油で鶏肉を炒めたあと、かぼちゃ、にんじん、レンコン、ゴボウ、こんにゃくを小さく切って入れた。

りんだ 「私、かぼちゃ大好きなんです。ありがとうございます」

小鳥遊 「それはよかったです。味付けは、めんつゆで簡単にしますね」

小鳥遊は、炒めた鶏肉と野菜に、水、めんつゆ、料理酒、みりんを入れ、塩をパラパラと振りかける。

りんだ 「う~ん、いい香りですね! おいしそう!」

小鳥遊 「ありがとうございます! 煮込んで火が通ったら、火を止めて味をしみこませますので、もう少々お待ちください。このひと手間が、より料理をおいしくしますので」

りんだ 「はい。ありがとうございます」

****

小鳥遊 「はい、できあがりましたよ、りんださん」

りんだ 「わ~い! ありがとうございます! いただきます!」

無心に食べるりんだ。

りんだ 「は〜〜やっぱり、小鳥遊さんの料理はどこか安心します。ところで、今回の私のしくじりと、鶏肉と野菜のごった煮との関係はあるんですか?」

小鳥遊 「あります。ひと通り召し上がって落ち着いたら、その話をしようと思っていました」

りんだ 「お願いします!」

小鳥遊 「それでは、まず『ごった煮』とは何か、りんださん分かりますか?」

りんだ 「う~ん、『ごった』って、何か『ごちゃごちゃ』とか『ごちゃまぜ』といった意味があったような…」

小鳥遊 「そうです。ごちゃまぜ、ごちゃごちゃ。それが今回のキーワードです。りんださんが忘れてしまったお客様との面談の予定、その他の仕事のあれこれ。それらをごちゃごちゃでもいいので全部一か所に放り込んでしまいましょう」

りんだ 「なるほど…。いったんはメモ用紙に書いたものでも、仕事のごった煮用のノートか何かに書いておけば、メモ用紙をなくしても大丈夫ですね」

小鳥遊 「そうです。物の整理収納術の第一段階でも、『とにかく散らばっているものを1つの箱に入れましょう』と教わるらしいですよ。仕事の情報も同じです」

りんだ 「でも、そんなポンポンごった煮鍋に入れていったら、どんなものがどれくらい入っているかが分からなくなりませんか?」

小鳥遊 「おっしゃるとおり、まさに『ごちゃごちゃ』なので、整頓された状態ではありませんね。でも、とりあえずはいいんです。まずは1つの場所に入れちゃいましょう。整頓するのは後です」

りんだ 「ごちゃごちゃ状態でもいいから、まずは把握しなきゃいけない情報を一か所に集めるのが大事だということですね」

小鳥遊 「その通りです」

りんだ 「そうかー! 私は、メモ用紙にお客様との面談予定を書いただけだったからなぁ」

小鳥遊 「絶対になくならない、ごった煮用の鍋のようなものを1つ持っておくといいですね。あ、もちろんたとえの話で、実際はノートや手帳、メモアプリなどに集めることになりますが」

りんだ 「なるほど、シンプルな話ですが、その方法なら忘れることはないでしょうね…。あ、でも、小鳥遊さん、ちょっと気になることがあります」

小鳥遊 「はい、なんでしょうか」

りんだ 「たとえば、毎日その『鍋』を目の前において、やる仕事を1つずつ取り出しては終わらせて、また次の仕事を取り出して、というのを繰り返すんですか? ごった煮鍋だから、取り出しにくいというか、『次の仕事は何をすれば』といちいち考える手間が面倒くさいというか…」

小鳥遊 「それに対しては、2つ対策があります。1つは、ごった煮鍋の中に入っている食材をきれいに整頓して並べる、ということです。それなら取り出しやすくなりますよね」

りんだ 「もう、『ごった煮』じゃなくなってしまいますが、一か所にドバっと集めた仕事の情報を整頓するのはいいですね」

小鳥遊 「その方法は、実は『手順書』を作ることでできるんですが…、またおいおいご説明するとして、もう1つの方法を今日はお伝えしたいと思います」

りんだ 「おお、それは何ですか?」

小鳥遊 「りんださん、さきほどごった煮を食べるときに、鍋の中から自分が食べる分だけ小鉢に移し替えていましたね」

りんだ 「そうですね。鍋から直接食べ物を取り出すより、いったんは小鉢に食べられる分だけ移しておけば食べやすくなりますしね…。あっ! そういうことですか!?」

小鳥遊 「お分かりになりましたか? 仕事も、たとえば今日やる分だけ『ごった煮鍋』から取り出して『小鉢』にとっておくんです。実際には、一か所に集められた仕事の情報の中から、今日やる分をピックアップして手帳やノートに書き出すということになります」

りんだ 「そうすれば、いちいち鍋の中を覗いて『次は何にしよう』と考える手間はかなり省けますね。小鉢の中のいくつかの中から選ぶだけでいいから、楽です」

小鳥遊 「だから、仕事の情報の置き場は、『ごった煮鍋』と『小鉢』の少なくとも2つになりますね。この2つを、『オープンリスト』と『クローズリスト』と言います」

りんだ 「お~、そんなものがあるんですね。まずは仕事という食材を、オープンリストに全部入れる。必要に応じて、オープンリストからクローズリストへ仕事を移し替えるんですね」

小鳥遊 「オープンリストは、文字通り『開いた』リストです。いつでもいくらでも追加して良いリストです。それに対してクローズリストは、『閉じた』リストです。りんださん、小鉢に盛り切れないぐらい野菜や鶏肉を入れ続けたら、どうなりますか?」

りんだ 「いっぺんには食べきれない量になってしまい、小鉢からあふれてしまいますね」

小鳥遊 「そうなんです。仕事もごった煮も、食べきれないほど盛らないためにあえて小鉢に移し替えて食べるんです」

りんだ 「なるほど! まずはオープンリストに全部入れて、そしてこなせる量だけオープンリストからクローズリストに移し替えればいいんですね」

小鳥遊 「そうすれば、仕事のことを書いたメモをなくしてもやり忘れることは少なくなりますよ」

りんだ 「さっそく、まずは仕事のオープンリストを作ってみますね。あ、あともう1杯分だけごった煮を食べさせてください」

小鳥遊 「はい、どうぞ。盛りすぎて食べきれないなんてことがないように、少なめに小鉢に盛るといいですよ」

りんだ 「ありがとうございます! 気を付けます(ムシャムシャ)」

小鳥遊 「(この食べる勢い…気を付けなくても大丈夫そうですね)」

****

悩みが解決し、スッキリ納得した状態で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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