カフェ「しくじり」へようこそ

第24話 2つの仕事、先に手をつけるならどっち?

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「こんばんは」

小鳥遊 「これはりんださん、いらっしゃいませ」

りんだ 「今日もまたしくじりがあったので、持ってきました…」

小鳥遊 「毎度ありがとうございます! 今日はどんなしくじりですか?」

りんだ 「仕事の優先順位のつけ方が…まだまだ上手くいかないんです」

小鳥遊 「それはそれは。『優先順位をつけて』とはよく言われますが、うまくできている人はなかなかいないものです。りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「実は、新製品企画の応募の締切に遅れてしまいまして…」

小鳥遊 「おやまぁ。提出先は受け取ってくれなかったんですか?」

りんだ 「ええ、そうなんです。今日の午後6時に1秒でも遅れたものは応募しなかったものとみなします!って」

小鳥遊 「それは残念でしたね。ところで、どんな製品を企画したんですか?」

りんだ 「『感情見える化メガネ』っていう製品です!」

小鳥遊 「メ、メガネ?」

りんだ 「ここ最近、コミュニケーションの難しさを感じている人が増えているので、『感情の見える化』ができたら円滑なコミュニケーションに便利だろうと思いまして」

小鳥遊 「なるほど…確かに感情が分かったら便利かもしれませんが、どうやったらそのメガネで相手の感情が分かるんです?」

りんだ 「メガネをかけると耳から読み取った心拍数でレンズの色が変わるんです。例えばウェブ会議だと相手の感情が読み取りづらいですが、このメガネがあれば一発です!!」

小鳥遊 「でも、それ相手がカメラオフにしてたら意味ないんじゃ…(小声)」

りんだ 「え、何か言いました?」

小鳥遊 「いえ、何でもないです…! ところで、どうして応募に遅れてしまったんですか?」

りんだ 「ひとことで言えば、いけるでしょ!という思い込みです…。その企画書には条件があって、上司の推薦コメントが必要だったんです。だけど推薦コメントだけなら字数も少ないし、すぐにもらえるだろうと思って、溜まっていた経費精算の申請を先にやっていました」

小鳥遊 「ほうほう」

りんだ 「経費精算の申請がひとしきり終わった後に『あ、コメントお願いしますね~』と軽く上司にお願いしました。応募締め切りの2時間くらい前です。そしたら予想外に上司が細かく企画書をチェックしはじめまして…コメントをもらうどころか修正の指摘をいくつか受けてしまい、そうこうしているうちに締切時間がきてしまったんです(泣)」

小鳥遊 「一人でできる経費精算の申請は後回しにしても良かったってことですね」

りんだ 「そうなんです。今考えれば、完全に優先順位が逆でした…」

小鳥遊 「そのようですね。いやはや、それはお疲れさまでした。綺麗にしくじられましたね!」

りんだ 「そんな明るく言われても……」

小鳥遊 「ところでりんださん、もんじゃ焼きはお好きですか?」

りんだ 「もちろん! 月島のもんじゃ屋さんはいくつか覚えているくらいです。今日はもしや?」

小鳥遊 「はい、そうです。今日はもんじゃ焼きでしくじりの疲れを癒すとしましょう」

りんだ 「わーい!」

****

期待を寄せるりんだを前にして、小鳥遊は早速もんじゃ焼きの準備に取りかかった。薄力粉に水とウスターソースを加え、粗く刻んだキャベツ、桜えび、切りイカ、揚玉と青のりを入れて混ぜ合わせたものをりんだの前に差し出した。

小鳥遊 「はい、お待たせしました。こちらにホットプレートがありますので、ご自分で作って存分に召し上がってください」

りんだ 「ありがとうございます! 土手を作って、生地を中心に流し込んで、とろみがついたら全体を混ぜて♪」

小鳥遊 「手際がいいですね。あっという間にもんじゃ焼きができあがりましたね」

りんだ 「はい! じゃあこのもんじゃを……あ、そうだ小鳥遊さん、ビールをお願いします!」

小鳥遊 「かしこまりました…あっ!!!」

りんだ 「え、どうしました?」

小鳥遊 「申し訳ございません、りんださん。ビールを冷やすのを忘れていました」

りんだ 「えーっ! そんなぁ……」

小鳥遊 「すぐに冷やしますので、お待ちくださいませ」

りんだ 「もんじゃを一口食べてすぐにビールをクーッといきたかったのに…」

小鳥遊 「りんださん、図らずとも似たようなしくじりを起こしてしまいましたね」

りんだ 「え? もんじゃ焼きとビールが、仕事と似たようなしくじりですか?」

小鳥遊 「はい、そうです。せっかくですので、ビールが冷えるまで今回のしくじりの解決策について解説しますのでお聞きくださいませ」

りんだ 「分かりました。ビールも飲みたいですが、今日のしくじりの解決策も聞きたいです」

****

小鳥遊 「りんださん、お気づきの通りもんじゃ焼きとビールは、今日の経費精算と企画書作りとダブります。どっちがどっちか分かりますか?」

りんだ 「えーと、多分もんじゃ焼きが経費精算、ビールが企画書作りでしょうか?」

小鳥遊 「ご名答! って、あまり堂々と言えた立場ではありませんが(笑)」

りんだ 「あー、なんとなく分かりました。経費精算をする前に上司にコメントをお願いしておけば良かったように、もんじゃ焼きを焼く前にビールの注文をしておけばよかったということですか」

小鳥遊 「はい、そうです。ビールを冷やしておかなかったのは私にも非がありますが」

りんだ 「たしかにな〜。前もってビールを頼んでおけば冷やすのを小鳥遊さんが忘れていたとしてもそこで気づいて、間に合っていたかもしれないですよね」

小鳥遊 「おっしゃる通りです。ビールは注文すれば通常はすぐに出てきますが、今回のように事情があって時間がかかることもあります。りんださんの上司が予想外に企画書に指摘をしてきたように」

りんだ 「そっか。だから『誰かとやりとりをして完成させる仕事』と『自分だけで完成させられる仕事』があったら、先に前者へ手をつけて、早めにやりとりを終わらせた方がいいわけですね」

小鳥遊 「はい、その通りです。自分だけで終わらせられる仕事はいくらでも急ぐことができますが、相手がある仕事は相手の都合もありますし、急いでくれない場合もあります」

りんだ 「そうですね〜、今日は身をもって実感しました」

小鳥遊 相手がある仕事を優先するのは大事な優先順位づけの鉄則の1つです。覚えておくとだいぶ仕事がスムーズになると思いますよ」

りんだ 「1日で2回も経験しましたからね(笑)。とても勉強になりました」

小鳥遊 「よかったですね。おっ、そろそろビールも冷えたころですので、心ゆくまでご堪能ください。今日も一日お疲れさまでした」

りんだ 「ありがとうございます! いただきまーす!」

****

もんじゃ焼きと冷えたビール、そして大事な学びを得て満足げに店を出て行くりんだ。そんなりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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