カフェ「しくじり」へようこそ

第7話 仕事の評価 = 自分の価値じゃない

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪)

カフェのマスター、小鳥遊(たかなし)が扇風機の前に立っている。

小鳥遊 「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」

りんだ 「何してるんですか、小鳥遊さん??」

小鳥遊 「あ、りんださん、いらっしゃいませ。扇風機の前で涼んでたところです」

りんだ 「そうやって扇風機で遊んでいる人を見たの、久しぶりです」

小鳥遊 「世代でしょうか……。最近、良いしくじりが聞けなくて退屈で扇風機にため息をついていたところです」

りんだ 「でしたら良かったです。しくじりを持ってきました。……いや、持ってきたくて持ってきたんじゃないんですけどね」

小鳥遊 「それはそれは、ありがとうございます。では、りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「最近、ちょっとだけまともに仕事できるようになってきて、ミスも減りました」

小鳥遊 「それは良かったですね」

りんだ 「だから、今までのしくじりの分を挽回しよう! と思って、結構がんばって仕事してるんです。残業する日も多くて」

小鳥遊 「そうだったんですね。どうりで疲れ気味な顔していると思いました」

りんだ 「はい、過去にたくさんミスした分、取り返したいですし、何より同期のアズサみたいにもっと評価されるようになりたいんです」

小鳥遊 「なるほど」

りんだ 「だけど、ちょっと仕事のやり方を覚えたからって、そんな簡単に結果が出るわけでもないみたいで。アズサは相変わらず仕事が早いし、お客様や上司からの評判も上々です。それに比べて私は……」

小鳥遊 「そうでしたか。りんださん、頑張っているんですね」

りんだ 「はい……。でも頑張っているだけじゃダメなんだって、現実を突きつけられているようで。でも頑張らないともっとダメだし」

小鳥遊 「まぁまぁ、りんださん。今日はお疲れのようなので、甘いものでも食べて落ち着きましょう」

りんだ 「いつもありがとうございます。小鳥遊さん」

***

小鳥遊 「はい、お待たせしました。プリンです」

小鳥遊は、りんだの目の前にプリンを2つ差し出した。

りんだ 「え、あ、はい。ありがとうございます。おいしそうですけど、2つって?」

小鳥遊 「フフフ、まぁまぁ。召し上がってください」

りんだ 「はい、じゃあ、左のほうからいただきます!(もぐもぐ)ん〜〜、おいしいです」

小鳥遊 「良かったです。高級な材料をセレクトして、丁寧に作りましたからね」

りんだ 「う〜〜ん! おいしい! じゃあ、右のほうもいただきます!」

小鳥遊 「どうぞお召し上がりください」

りんだ 「(パクッ)……?!?!?! えーーーーーーっと、この右のほうのプリン、作り方違う??」

小鳥遊 「よくお分かりですね。そちらは私が少しカラメルをアレンジしました。実はプリンの上にかかっているのは、正確に言うとカラメルではないんです」

りんだ 「小鳥遊さんオリジナルというわけですか……?」

小鳥遊 「焦がしたコウモリの羽にすりつぶしたマンドラゴラの根っこを練りこんでトカゲの尻尾の粉末とハブのキモのミンチを混ぜて三日三晩野ざらしにしたものから搾りとったエキスに砂糖を加えたものです」

りんだ 「うげー! 砂糖より前は全部要らないー!」

小鳥遊 「……お口に合いませんでしたか? プリンそのものは同じなんですよ? カラメルが違うだけで」

りんだ 「合うも合わないも、そんなものカフェで出しちゃいけないでしょう!」

小鳥遊 「そうですか……先週見たリュウイチのバグレシピに載っていて、これだ! と思ったんですけどね」

りんだ 「これだ! じゃないですよ……。試しに小鳥遊さんも食べてみてくださいよ」

小鳥遊 「はい、では失礼します(パクッ)オェェェェ……」

りんだ 「……何やってるんですか、わたしたち(笑)」

***

小鳥遊 「いやいや、死ぬかと思いました」

りんだ 「こっちのセリフです」

小鳥遊 「ところで、今日お話をいただいたしくじりについてなんですが、プリンとカラメルの関係が大いに関係ありましてね」

りんだ 「プリンとカラメルの関係?」

小鳥遊 「ええ、りんださんは、同期のアズサさんのことを、皆が『おいしい、おいしい』と言ってくれていいな。それに比べて『自分にはおいしさなんてない』って思っていませんか?」

りんだ 「はい、あまり役に立てている気がしなくて、能力がないな〜って思います」

小鳥遊 「今日たまたまお越しいただいた、当店の相談役のF太さんというかたから聞いた話なのですが」

りんだ 「F太さん? どこかで聞いたことあるような」

小鳥遊 「F太さんが言うには『自分の能力の評価って、周りとの差や上司との関係性で決まる』らしいんです」

りんだ 「え、どいういうことですか?」

小鳥遊 「以前コールセンターでアルバイトをしていたF太さん、仕事がうまくいかなくて3ヶ月でクビになってしまった。次に、仕事内容もまったく同じ別の会社に移ったら、自分は変わっていないのに仕事の評価が上がったそうなんです」

りんだ 「そんなことってあるんですか?」

小鳥遊 「転職先の上司が、何十分かかってもお客様対応を1人でやらせてくれたんだそうです」

りんだ 「前の職場は違ったんでしょうか?」

小鳥遊 「前のコールセンターでは、ミスるとすぐに交代させられたり、怒られていたらしいですよ」

りんだ 「わー、きつい……」

小鳥遊 「はい。転職先のコールセンターでも同じような失敗は結構していたらしいんですが、それでも続けさせてくれたと。そうしたら、そのうち仕事にも慣れて、気づいたら成績も上がっていったそうです」

りんだ 「へ〜〜〜、それが自分の評価って周りとの差や上司との関係性で決まるってことですか」

小鳥遊 「はい。仕事の評価イコール本人の価値だと思い込みがちですが、職場が変わるだけで評価が違ってくることもあると。かかっているカラメルが変われば……」

りんだ 「……そのプリンの味は変わってしまいますもんね。プリンだけ食べればおいしい」

小鳥遊 「そうなんです。プリン自体はおいしかったんです。まさかカラメルであんな味になるとは……」

りんだ 「今さらクヨクヨしないでください! つまり『プリンが私』で『カラメルが周囲の環境』ということですか?」

小鳥遊 「さすが! そのとおりです。りんださんは『同期のアズサに比べて私は……』と、ご自身を引き合いに出していましたね。アズサさんがどうであれ、りんださんにも自分なりの良さがあることは、ぜひ覚えておいていただきたいですね」

りんだ 「でも、アズサはなんでもそつなくこなせて、すごいなぁっていつも私はため息をついてるんです」

小鳥遊 「そつなくこなせるのは、たしかにすごいです。だけど、どれだけしくじっても、自分の課題を乗り越えようと、カフェしくじりに一生懸命相談に来てくれる。しかもアドバイスをすればすぐさま行動に移す。ちょっとせっかちでおっちょこちょいかもしれませんが、完璧な人より、わたしはりんださんみたいな人が親近感湧いていいなぁと思いますね」

りんだ 「……ちょっと泣きそうです」

小鳥遊 「フフフ、りんださん、周りがすごいと思えるのは成長のチャンスです。頑張って成長の場に身を置いている姿勢もまた素晴らしい。落ち込むのも、自分の可能性を信じている向上心からのものですしね」

りんだ 「ありがとうございます。確かに厳しい上司の前だとうまく話せないこともありますが、小鳥遊さんの前ではすんなり話せます。アドバイスも素直に聞き入れることができます。今はそのおかげもあって、仕事ができるようになってきて、人から頼まれるようになってきてるんです」

小鳥遊 「それは良かったです。もしかしたら、アズサさんにあのまずいカラメルがかかるときがあるかもしれない。そうしたら、今みたいに『おいしい』とは言われないでしょうね」

りんだ 「かかっているカラメル込みで『自分はおいしくないんだ』と決めつけてしまうのは、思い込みに過ぎないかもってことですね」

小鳥遊 「まぁそんな偉そうにいっている私も、あわててしまって失敗したり、思いつきで動いて迷惑をかけたりの連続です」

りんだ 「落ち着いているように見えますが、小鳥遊さんもそうなんですね。自信をなくしかけていましたが、『こんな自分でいいんだ』ってちょっと思えるようになりました」

小鳥遊 「それは本当に良かったです。おや、お帰りの身支度ですか。では、お土産にこちらを」

小鳥遊は小さな瓶詰めを、うやうやしくりんだに差し出した。

りんだ 「ごちそうになった上にお土産までもらえるなんて……ありがとうございます。中身はなんですか?」

小鳥遊 「さっきの特製カラメルです」

りんだ 「ぜっっっったいに要りませんっ!!」

小鳥遊 「そうですか……またのしくじりをお待ちしています」

りんだ 「お互いにですね。しくじりがたまったら、また来ますね」

****

店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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