ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。
(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)
りんだ 「そんなのちゃんと言ってもらわないと、分からないよ……!!!」
小鳥遊 「おや、りんださん、いらっしゃいませ。何か怒ってるんですか?」
りんだ 「小鳥遊さん! わたし、またしくじっちゃったんです。自分のせいなんですが、でも部長も部長で……」
小鳥遊 「りんださんは当カフェに恵みをくれる女神ですね。フフフ。部長さんの話も含めて、じっくり聞かせていただきますね」
****
りんだ 「うちの部長、とにかく言ってることがよく分からなくて。この間『りんださ〜ん、去年のアレ、今年もやるから内容つめといてね〜』って言われたんです」
小鳥遊 「ちょっと何言ってるかわからないですね」
りんだ 「話の流れ的にも、部長のテンション的にも、わたしはハロウィンの準備だと思って、『今年はどんなコスプレにするんですか? 去年はトトロでしたから、今年は湯婆婆にでもします?』って、コスプレ衣装屋でレンタル料調べて表にまとめてメールで送ったんです。去年かかったレンタル料もちゃんと添えて」
小鳥遊 「ぬかりないですね」
りんだ 「だと思いますよね。でも、『なんですかこの表は。そうじゃなくて、取引先様への年末の挨拶回りのことです。何ふざけてるんですか!?』と怒られてしまったんです」
小鳥遊 「コスプレ衣装レンタル料を調べて、まとめた努力は認めて欲しいですよね」
りんだ 「ほんとそうですよ! だったら最初から挨拶回りの準備って言ってよ! って話ですよ」
小鳥遊 「いやー、いいしくじりをありがとうございました。私も会社員時代、酔っ払って楽しくなって課長の頭を『よっ!』って叩いたり、パイを社長の顔に投げつけたりしたものです。昔を思い出しました」
りんだ 「……小鳥遊さん、案外ワイルドな会社員生活送ってました?」
小鳥遊 「いえいえ、それほどでも。ところで、りんださん。今日お出しする料理ですが、お任せでよろしいですか?」
りんだ 「いつも勝手に作って出してくるから、毎回お任せみたいなものですよね。美味しいからいいですけどね」
小鳥遊 「ありがとうございます。それではご案内します」
****
小鳥遊は、メニューらしきものが書かれた黒板を持ち出した。黒板にはこう書かれていた。
・小麦粉を焼いたアレに肉とか挟んだやつ
・甘くてトロッとした茶色いのをいい感じに固めたものをスポンジに塗りたくったやつ
・卵を使ったみんな大好きなアレ(ケチャップつき)
りんだ 「なんですかこれ?」
小鳥遊 「え? メニュー表ですが」
りんだ 「いや、これじゃ分からないですよ!」
小鳥遊 「そうですか。きっとりんださんの好きなメニューかと思ったんですが……。お気に召さなかったですか?」
りんだ 「いや、召すも召さないも、メニューが何か、分からないですよ。これじゃあ、クレームきちゃいますよ?」
小鳥遊 「あー、そういうことですね」
りんだ 「まあいいや。えーと、最初のは……小麦を焼いたアレって、パンのこと? じゃあ、サンドウィッチ!?」
小鳥遊 「ご名答!」
りんだ 「なんでクイズになってるんですか(笑)。じゃあ、2つ目は……ムムム、チョコのコーティングがされたケーキ!」
小鳥遊 「正解です! ではラスト!」
りんだ 「ケチャップ付きの卵のアレ……もしかしてオムレツ?」
小鳥遊 「そのとおりです! よくできました!」
りんだ 「最初から、サンドウィッチ、チョコレートケーキ、オムレツって書けばいいじゃないですか」
小鳥遊 「いやいや、失礼しました。りんださんの話を聞いていたら、ちょっとクイズ形式にしたくなってしまいまして」
****
またたく間に、すべての料理を食べ終えたりんだは、小鳥遊へ話しかける。
りんだ 「わたし気がついたんですけど、部長にもこんな風に確認すればよかったなぁって」
小鳥遊 「いいところに気付きましたね」
りんだ 「部長から『去年のアレ』って言われたときに、一瞬何のこと?って思ったんです。でも、『きっとこのことだろう』って自分で勝手に決めちゃったんですよね」
小鳥遊 「確認するのは、ちょっと勇気が要りますしね」
りんだ 「そうなんです。確認しようかな? って一瞬思ったんですが、わからないことを確認するのって気が引けちゃって。部長忙しそうだったし、何よりちょっと面倒くさくて……」
小鳥遊 「分かりますよ。だけど結果的にもっと面倒なことになってしまったんですね」
りんだ 「はい……。わたしは曖昧な言葉の裏を読むのが苦手なんです。だから、いちいち確認しなきゃいけない…なんでこうなんだろ、わたしって」
小鳥遊 「りんださん、その苦手意識は逆に武器ですよ」
りんだ 「武器?」
小鳥遊 「それだけ、曖昧で伝わりにくい言葉を察知するアンテナが鋭いということです」
りんだ 「……ああ」
小鳥遊「『何言ってるか分からない』って思うことは、分からない自分を責める材料ではなくて、チャンスだと思うんです」
りんだ「つまり、正確に相手の発言内容を把握するチャンス、ということ?」
小鳥遊 「ご名答!」
りんだ 「もう、クイズはいいです(笑)。でも、なんか勇気もらいました」
小鳥遊 「私もりんださんと似ています。具体的に言ってもらわないと、正確に理解できないのです。だから、ちょっと頑張って『それってどういうことですか?』と尋ねるようにしています」
りんだ 「たしかに、そのときは分かったフリをしたくなりますが、そんな自分を抑えて、確認しなきゃいけないですよね。あとで怒られるよりマシです(笑)」
小鳥遊 「フフフ。今度、部長とのやり取りで分からないことがあったら、具体的に確認できそうですか?」
りんだ 「はい! 分からなかったら、分かったフリをせず確認!『分からない』は、より正確に把握するチャンス!」
****
解決策が見つかって晴れやかな様子で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。