ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。
(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)
顔を真っ赤にしたりんだがカフェ「しくじり」へ入店してくる。
りんだ 「……小鳥遊さん…ちょっと休ませてください…ヒック」
小鳥遊 「おやおや、りんださんこんばんは。かなりお酒を飲んでいるようですね」
りんだ 「飲みながら先輩に相談してたら、ずーっと私ばかり喋って飲んで…ウップ」
小鳥遊 「しくじりの香りがプンプンしますね。フフフ。まずは落ち着いていただいてから、りんださんのしくじりをじっくり聞かせていただきますね」
りんだ 「ありがとうございま…ヒック」
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りんだを席に案内して、湯気の立つ温かい飲み物を準備する小鳥遊。
小鳥遊 「どうぞ、しじみのお味噌汁です」
りんだ 「ありがとうございます。しじみのお味噌汁……酔い覚ましに効くんですよね」
小鳥遊 「ええ、普通は二日酔い対策なのですが、ないよりマシかと思いまして」
しじみのお味噌汁を飲み、次第に落ち着いてくるりんだ。
りんだ 「少しですが、落ち着きました……ありがとうございます」
小鳥遊 「いえいえ。こんなに酔うほどまで飲んで、深刻な人生相談だったんですか?」
りんだ 「いえいえ、相談自体はそこまでではなかったんです。最近アルバイトで入ってきた数人をまとめる必要があって、そのためにはどうしたらいいかっていう相談で…」
小鳥遊 「おお、早くもチームのリーダーになられたのですね」
りんだ 「そこまでじゃないんですけどね。みんなやるべき仕事をよく把握してくれてるし……」
小鳥遊 「では、なぜここに?」
りんだ 「せっかく先輩がアドバイスしようとしてくれたのに、先輩が口を挟めないくらい私が喋ってしまったんです」
小鳥遊 「話せただけでも、良かったのではないですか?」
りんだ 「いえ、私は先輩の意見が聞きたかったんですー!」
小鳥遊 「なるほど。でしたら、もったいないことをしましたね」
りんだ 「もとから、『先輩の話を聞きたいんです!』って私から誘ったのに、一方的に喋ってしまって…。途中から先輩の顔も曇る曇る」
小鳥遊 「りんださんのように話が上手な方は、話しすぎてしまう悩みが多いですね」
りんだ 「そう! 話しすぎるんです! 考えてみたら、私は話しすぎて失敗することが多いんです」
小鳥遊 「そうですか。例えばどんなときにそう感じましたか?」
りんだ 「ええと…そう! 入社面接。私、一次面接で10社落ちたんです。そんなに変なことしてないのに」
小鳥遊 「なるほど」
りんだ 「今思うと、ちょっと話しすぎたなと思ってます。でも、面接って自分を売り込むところじゃないですか?」
小鳥遊「そうですね」
りんだ「『今までに打ち込んだことはありますか?』って言われたら、『高校時代にスキーをしていて、すごく楽しかったんですけど、ちょっと怪我をしちゃってから体のケアに興味が向いて、そうしたらちょうどマインドフルネス瞑想が流行りはじめて…えーっと、質問なんでしたっけ?』みたいな感じになっちゃったんです」
小鳥遊 「たしかに、質問した方も質問内容を忘れそうですね」
りんだ 「相手に伝えなきゃ! って思って、思いつくままにどんどん話しちゃうんですよねぇ…あ、それと!」
小鳥遊 「どんどん出てきますね(笑)」
りんだ 「仕事でも同じなんです。聞かれたこと以外もつい話しちゃうんです」
小鳥遊 「例えばこんな感じではないですか? 」
りんだ「ん?」
小鳥遊「『加藤商事さんに見積書送ってくれた?』って聞かれたら『いやもう大変だったんですよ、見積の金額が決まらなくて! だから飯塚建設さんに出した見積書を引っ張り出して参考にしようとしたら、その作成者が私の前任の松崎さんだったんですよー!』 みたいなやりとりでしょうか?」
りんだ 「……まさしくそれです。小鳥遊さん、隠れて私を観察してました?」
小鳥遊 「いえ、私もそのタイプだったので、経験からお話したまでです」
りんだ 「小鳥遊さんのいうとおりの展開で……それで、『見積書は送ったのか、送ってないのかどっちなんだ!?』って怒られる始末です」
小鳥遊 「きっと面接でも、面接官は話を把握するのに困ったでしょうね」
りんだ 「しじみのお味噌汁のおかげか、酔いが覚めてきました。 小鳥遊さんだったらどうしますか?」
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小鳥遊 「今日は2つのことをお伝えしようと思うんです。 1つ目は、まず『はい/いいえ』で答えること。 2つ目は、『しゃべり終わりを意識する』こと。 なんとなく想像つきますか?」
りんだ 「あー、私いつも『はい/いいえ』で答えないときが多いかも。その先のことが話したくなってうずうずして、結局話しちゃうんですよね。だって…」
小鳥遊 「りんださん、今もです(笑)」
りんだ 「あ(笑)」
小鳥遊 「特に仕事や面接などでの会話は典型ですね。質問に対して、必要な情報を提供しさえすればいいんです。だから、まずは『はい/いいえ』だけ答えて、ちょっと相手の様子を見る」
りんだ 「それだけだと、そっけなくないですか?」
小鳥遊 「たしかに、『それで?』と、相手がもうちょっと聞きたそうにするときがあります。そんなときは、『◯◯というのも、◎◎だからです』と理由を端的に伝えます。これでほぼ完結します。話しすぎる印象は与えません」
りんだ 「なるほど〜〜! ……そういえば、以前教えてもらったPREP法に似ていますね。Point(結論)の後に、Reason(理由)を話すっていうやつ」
小鳥遊 「おっしゃるとおりです。そして、その理由は必ず『マル』で終わらせてください」
りんだ 「マルで終わる? どういうことですか?」
小鳥遊 「“言い切る”ということです。『というのも、見積書の金額が分からなかったんで……』といった尻切れトンボになると、相手は『ここで口を挟んでもいいのかな?』と迷います」
りんだ 「そうか! 相手に『ここは自分のターン』って思ってもらえるように、文章を終わらせるんですね。『というのも、見積書の金額が分からなかったからです。』という感じですか?」
小鳥遊 「はい」
りんだ 「あ、小鳥遊さん、さっそく実践してる…」
小鳥遊 「フフフ。ちょっと遊び心を出してしまいました。飲みの席の雑談なんかでは、もうちょっと話を続けてもいいと思います。でも、仕事上の会話は、できるだけ無駄を省いたほうがいいですよね」
りんだ 「やっぱり、私もそれをやったほうがいいんでしょうか?」
小鳥遊 「私と同じ傾向にあるりんださんなら、いいでしょうね。以前転職活動をしたとき、面接で30社近く落ち続けたときがありました」
りんだ 「30社!?」
小鳥遊 「でも、最後は連続して3社から内定をいただけたんです。その理由は、『はい/いいえ』と『しゃべり終わりはマル』の2つを実践したからです」
りんだ 「こ、これは明日から使えますね!」
小鳥遊 「ぜひお使いください」
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解決策が見つかり、酔いも覚めて晴れやかな様子で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。