カフェ「しくじり」へようこそ

第23話 置かれた場所はひとつじゃない

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「小鳥遊さん、今日はしくじりと悔しさを持ってきてしまいました」

小鳥遊 「おやおや今日はどうされたんですか?」

りんだ 「私だけ半期の売上目標を達成できなくて……落ち込んでいます。だから、ここで私のしくじりと悔しさを成仏させたくて…」

小鳥遊 「頑張ったのに目標に届かなかったんですね。それはさぞ悔しいでしょう。じっくりお話を聞聞かせていただきますね」

****

りんだ 「ここ最近は、わが社の誇る主力製品『全自動しゃぶしゃぶロボット』の販売に注力していたんです」

小鳥遊 「全、自動?」

りんだ 「はい。鍋の前に肉を持っていくと、鍋からロボットアームが伸びてきて、勝手に『しゃぶ、しゃぶ』ってやってくれて、各自の取り皿に置いてくれるという優れモノです」

小鳥遊 「りんださんの会社は相変わらず変な…いや、興味深い商品を売っていますね」

りんだ 「興味を持ってくれて嬉しいです! 他のお客様はなかなかそうもいかなくて」

小鳥遊 「まぁ、でしょうね」

りんだ 「えっ?」

小鳥遊 「いえいえ、それはいいとして。りんださんはなかなかその商品を売れなかったと」

りんだ 「そうなんです。後輩たちもみんな売上目標を達成しているのに、私だけ未達で。きっとこれまでのしくじりが影響してるんです。もうほんとうに悔しくて悔しくて」

小鳥遊 「それは辛かったですね」

りんだ 「でも、先輩は『終わったことは終わったこと。明日からまた頑張ろうよ!』って優しい言葉をかけてくれたんです」

小鳥遊 「いい先輩じゃないですか」

りんだ 「はい。でもその反面、自分がとても情けなくなってしまって……。先輩の励ましに応えるためにも早く切り替えたいんですがなかなか落ち込んだ気分が抜けなくて…」

小鳥遊 「そうですか…。では、せっかくですから話題に上がったしゃぶしゃぶを食べましょうか」

りんだ 「ううっ、今日の会議を微妙に思い出しそう…。でも、ひとしきり話したからお腹がすいてきました」

小鳥遊 「フフフ。では準備をしますね」

****

小鳥遊はしゃぶしゃぶの準備をした。

りんだ 「やっぱり食べ物を目の前にすると少し気分が良くなりますね」

小鳥遊 「それは良かったです。いくつかタレをご用意していますので、味わってみてください」

りんだ 「じゃあ、これから!」

小鳥遊 「それは、ゆずと醤油を混ぜて昆布とかつおぶしでダシをとったポン酢ベースのタレですね」

りんだ 「おいしい~!」

もくもくとしゃぶしゃぶを食べ続けるりんだ。

りんだ 「小鳥遊さん、そろそろこのタレにも飽きてきました。他のタレを…」

小鳥遊 「はい。では、このゴマダレを。ごまにマヨネーズとみそ、醤油、砂糖を入れています」

りんだ 「とっても味が濃厚で、食が進みます~!」

再び勢いよく食べるりんだ。

小鳥遊 「……相当お腹が空いていたんですね」

りんだ 「小鳥遊さん、また飽きてきてしまいました…」

小鳥遊 「フフフ。では、ポン酢のタレにブラックペッパーが入ったものをお出しします」

りんだ 「こ、これはおいしい!」

****

りんだ 「は~、ごちそうさまでした!」

小鳥遊 「たくさん召し上がりましたね」

りんだ 「はい。ありがとうございます。ところで、なぜ今日はしゃぶしゃぶを?」

小鳥遊 「りんださん、『サードプレイス』という言葉はご存じですか?」

りんだ 「サードプレイス…3番目の場所ってことですよね?」

小鳥遊 「はい。例えば、家を1番目、会社を2番目とした場合、『それ以外の場』をサードプレイスといいます。例えば、趣味のサークル活動ですとか」

りんだ 「分かりました。でも、しゃぶしゃぶとの関連性はどういったところに?」

小鳥遊 「ヒントはタレです」

りんだ 「……! あ~もしかしたらですが、『同じタレばかりで飽きないように別のタレにつけるように、1つの場所にどっぷり浸からずに、いろんな場所に身を置いて気分を変えよう!』みたいなことですか?」

小鳥遊 「さすがりんださん。おっしゃる通りです」

りんだ 「ポン酢が家。ゴマダレが会社。アレンジを加えて味変したタレがその他の場所ということでしょうか」

小鳥遊 「そうですね。1つのタレに浸かってばかりいる、つまり1つの場所にばかりいると、その場所の価値観で自分の頭の中がいっぱいになってしまいます。別のタレに浸かるように、別の場所に身を置くことで違う価値観を得るのが大事かと」

りんだ 「確かに、学生時代の友人と集まった時に会社では言えない仕事の悩みを相談できました。第三者視点でアドバイスしてもらってハッとする気づきがあったり、話を聞いてもらいながら自分のなかで思考が整理できて、スッキリしたことを思い出しました。」

小鳥遊 「それですね。他にも、仕事と関係ない集まりの中にいることで、いい意味で『仕事を忘れる』ことができたりしませんか」

りんだ 「確かに! 私、社会人アカペラサークルに入ってるんですが、そこで仲間の歌声を聴きながら、ボイスパーカッションをしている時はいつも仕事のことを忘れて夢中で楽しんでいます。」

小鳥遊 「まさにそこでは、『営業成績がふるわなかったりんだ』から『ボイスパーカッションで歌パートの仲間を盛り立てるりんだ』という魅力的な価値になった自分を実感できるわけです」

りんだ 「自分の環境を味変して、新たなおいしさを見出すということでしょうか」

小鳥遊 「今日のしゃぶしゃぶに当てはめると、まさにそういうことになります。普通のポン酢ダレではもう飽きてしまったしゃぶしゃぶも、別のタレで食べればまた違った味を楽しめるということになります」

りんだ 「そっか…別の価値観の居場所を見つけて、そこでの自分の価値を実感すれば、会社で落ち込んでいるだけの自分ではなくなりますね」

小鳥遊 「例えば、このカフェもそうじゃないでしょうか。しくじればしくじるほど、私に喜ばれる。それにりんださん、最初の頃に比べると悩みのレベルが上がってます。確実に成長されている証拠です。」

りんだ 「うう…小鳥遊さん、ありがとうございます。確かに会社で失敗すればするほど、このカフェでは新しい学びがあったり、自分の成長に気付けたり…そして美味しいお料理が楽しめます!」

小鳥遊 「そんな風に言っていただけて、店主としてとても嬉しいです。」

りんだ 「そう考えるとサードプレイスっていいですね」

小鳥遊 「はい。サードプレイスがあるからこそファーストやセカンドプレイスも充実していきますので、自分なりのサードプレイスを持つことは大変おすすめですよ」

りんだ 「ありがとうございます! サードプレイスを使って自分を味変していきますね!」

****

いい気づきが得られてスッキリした表情で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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