ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。
目次
普通に質問してるだけなのに、相手の顔が曇るのはなぜ?
(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)
りんだ 「小鳥遊さん……今の私、どうですか?」
小鳥遊 「おや、りんださん、いらっしゃいませ。どうしたんですか、いきなり」
りんだ 「…やっぱり、そういう反応になりますよね。失礼しました」
小鳥遊 「ここにいらっしゃるということは、何かしくじったということ。なにかあったんですね」
りんだ 「はい。『もっと質問の仕方に工夫をして!』って怒られちゃって、元気をなくしてしまいました」
小鳥遊 「おお、今日もまた良いしくじりの予感…。じっくりお話を聴かせていただきますね」
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りんだ 「昨日、先輩と外回りに行ったんです。以前ご相談した、AIを駆使して夜中に髪がひとりでに伸びる人形のクレーム対応で…」
小鳥遊 「ああ、あの気色悪…いえ、個性的な製品ですね。まだ売っ…いえ、息の長い売れ行きなんですね」
りんだ 「ええ、マニアにはたまらないとご好評いただいてるんですよ。だからさらに『きゃあああああ!』と時々叫ぶ機能を追加したんです」
小鳥遊 「ああ…なんてことを…」
りんだ 「製品に内蔵されているプログラムは、当社から遠隔でアップグレードができるので、お客様への感謝も込めて、サプライズで追加機能を突然実装しました」
小鳥遊 「サプライズというか、サスペンスですね」
りんだ 「そうしたら、あるお客様がびっくりされて、気を失って倒れちゃったんです」
小鳥遊 「そりゃそうでしょうね」
りんだ 「事情を説明したら『そんなこと勝手にするな!』ってお客様が怒ってしまって。だから、先輩と一緒に直接お詫びを言いに行ったんです」
小鳥遊 「クレーム対応は大変ですよね。相手が怒っているわけですから」
りんだ 「そうなんですよね。だから、道すがら先輩とあらかじめ対応方法を話していたんです。『当社で引き取って返金するか、ダウングレードするかだな』って」
小鳥遊 「そこは真っ当な対応をされるんですね」
りんだ 「実際、訪問したときにはお客様は落ち着いていて、『まぁ、他の会社ではやらような機能も含めて、おたくの製品を気に入っているんだがね』と、比較的友好的なムードで」
小鳥遊 「よかったですね」
りんだ 「そこで私が『ではお客様、こちらの商品についてですが、どうしましょう?』っていった途端、お客様が困ったような顔になり…あわてて先輩が取り繕って話をまとめたんですが」
小鳥遊 「それで質問の仕方に工夫を!って怒られちゃったわけですね」
りんだ 「はい……私、間違った日本語使ってないですよね?」
小鳥遊 「はい。間違っていません。が……」
りんだ 「が?」
小鳥遊 「そうですね、ささやかなコース料理をお出しするので、それを食べて続きをお話しましょう」
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質問力を鍛えたいなら、コース料理をイメージして
小鳥遊は前菜にキノコのテリーヌ、スープにかぼちゃのポタージュを振る舞うと、りんだに質問した。
小鳥遊 「次はメインディッシュですが、肉料理と魚料理、どちらにしますか? 肉料理なら、牛フィレ肉のステーキ、魚料理なら舌平目のムニエルです」
りんだ 「なんだかさっきから超本格的じゃないですか。えーと、じゃあ、お肉でお願いします!」
小鳥遊 「かしこまりました」
あっという間にメインディッシュを食べると、小鳥遊が声をかける。
小鳥遊 「美味しそうに食べてくださって嬉しいです。デザートがありますが、洋梨のシャーベットかフォンダン・オ・ショコラのどちらがよろしいですか?」
りんだ 「両方! といいたいところですが、お腹がいっぱいになってきたので洋梨のシャーベットをお願いします」
小鳥遊 「かしこまりました。食後の飲み物は、コーヒー、紅茶のどちらになさいますか?」
りんだ 「シャーベットと合いそうなので紅茶を!」
小鳥遊 「かしこまりました」
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相手が思わず答えたくなる質問の仕方とは?
すべてを食べ終えると、小鳥遊は話しだした。
小鳥遊 「りんださんのしくじり、実は今日召し上がっていただいた際のやりとりに解決のヒントがあったんですが、お気づきでしたか?」
りんだ 「え?! ……でも言われてみればなんとなく……」
小鳥遊 「おっ! ぜひお聞かせください」
りんだ 「ん〜〜〜〜。。。選択肢? でしょうか??」
小鳥遊 「ご名答!」
りんだ 「やったぁ、当たった! 確かにコース料理って、『これにしますか? それともこれ?』と、必ず選択肢を与えてくれますよね。もしこれが『次はメインディッシュなんですが、どうします?』なんて聞かれたら、困っちゃいます」
小鳥遊 「はい。選択肢付きで質問することを『クローズクエスチョン』、自由回答を求めて質問することを『オープンクエスチョン』といいます」
りんだ 「クローズクエスチョンの方が、答える方は負担が少ない気がしますね」
小鳥遊 「そうです。逆に近しい間柄や自由な議論の場では、『どう思う?』といったオープンクエスチョンの方が盛り上がったりします。それぞれふさわしい使い道があるというわけです」
りんだ 「クレームのお客様には…当然クローズクエスチョンですよね。『当社でお引き取りして返金の対応をさせていただくか、それともダウングレードを希望されますか?』と聞けばよかった」
小鳥遊 「おそらく先輩は、クローズとオープンの2つの質問方法の使い分けを、意識してほしかったんでしょうね」
りんだ 「どんなときにオープン、どんなときにクローズを使えばいいんですか?」
小鳥遊 「ケースバイケースですが、仕事上のやり取りではクローズにした方がいいです。答えやすくなることで、それだけ仕事が早く進みますよ」
りんだ 「なるほど。自分にもメリットとして返ってくるんですね」
小鳥遊 「ただ、会議やなにかでアイディアを出したりする、いわゆるブレストといわれる場では、オープンクエスチョンを使った方がいいでしょうね」
りんだ 「たとえば、クローズクエスチョンの選択肢以外のものを、相手が希望してそうだなってときは、どうしたらいいですか?」
小鳥遊 「そうですね…そんなときは、『その他ご希望があればおっしゃってください』と付け加えるのがいいですね」
りんだ 「そっか! たとえば、『打ち合わせは今日の13時か、明日の11時のどちらが良いですか? その他の時間でご希望があればおっしゃってください』か。うーん、デキる感半端ないですね!」
小鳥遊 「そうでしょう?(笑)」
りんだ 「はい!……よーし! これからはコース料理方式のクローズクエスチョンを使って、デキるビジネスパーソンになっちゃうぞ!!」
小鳥遊 「おや、すっかり元気になりましたね。よかった、よかった」
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解決策が見つかり、元気になって店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。