0円ストロング生活の始め方

物価高もなんのその!家庭菜園で0円食卓!【自給自足家族・実録レポート】

#連載エッセイ
#0円ストロング生活の始め方

面倒くさいは禁句!何でもアリな自給自足で毎日がエンタメ。青森の片田舎で笑っちゃうくらい自由に暮らす田村家のリアルを紹介します。

「食べる」って結構重要だよね。

ヤァ!みんな、毎日モリモリ食べてるかい?
ご存知かと思うけど、僕らの体は食べたもので出来ている。
様々な栄養素を体に取り入れ、それを生きるエネルギーに変えて細胞分裂をひたすら繰り返し… 僕は僕として、君は君として、その姿をかたどっている。
なんて神秘的!どうせなら体にも心にも良いものを食べてストロングになっちゃおう!
健康であることは何ごとにも代えがたい素晴らしきこと。
食べること=生きること、と言っても過言ではないだろう。
それだけに「食」というのは生きる上でかなり大事なことだよね。

なぜか今の世の中、食べ物を得るために遠回りをしてませんか?

僕が若かりし頃、鬼のようにフリーターをしながら多くの諸先輩方のご意見を伺ったが、みんな口を揃えて言っていたのは、
「食べていくためには社会で働いてとにかくお金を稼がなきゃいけない」
…というものだった。
青森の片田舎、兼業農家で育った僕はそれを聞いて素直に「うん、なるほど!」とはならなかった。
うんうんと頷きながらも腹の底では「何か食べたいなら、食べ物そのものを作ればいいんじゃね?」なんて思っていた。
確かにお金があれば大抵のものは手に入る。
1万円札を握りしめてスーパーマーケットに行こうものなら、あれもこれもとカゴいっぱいに食べ物を入れることができるだろう。
だけどその1万円を稼ぐために一体どれほどの労働をしなければいけないだろう。
欲しいものは食べ物なんだけど、それを得るためになぜだかそれと全く関係ない仕事をしなくちゃならない。
ストレスフリーの快適なお仕事に就けたならそりゃラッキーというものだけど、今の世の中、何かとルールやらノルマやらコンプライアンスやらハラスメントやらと、事あるごとに神経をすり減らすものが多い気がする。
限りある人生の時間、心と体を引き換えにやっとこさ得ることができるお金。
それが不自由なく暮らせる金額で、心身ともに健やかな状態でゲットできるとなりゃ申し分ないわけだけど…
僕としては色んな仕事をしてみたものの、どーにもこーにも合点がいかなかった。
そこでストロングに思い切った僕はあるとき、
「よし、もっとシンプルに生きていこう」
と住む家も食べ物もなるべく自分で作っちゃう、自給自足の道へ足を踏み入れるのである。

田舎は食べ物づくりにもってこいだった。

スーパーストロングにシンプル思考の僕は、住処と食べ物を自分でなんとかできたら…
「家賃も食費もほとんどかからない=たくさん働かなくていいよね」
という超カンタンな方程式を思いついた。
幸い田舎の実家では規模は小さいものの、稲作をはじめ果樹園や菜園をしており、使いみちもない空き地も保有していた。
なんだか自給自足にまつわる様々なことができそうだ!
と意気込んだ僕は、実家の農作業の手伝いや知り合いからの頼まれ仕事をしながら自分の菜園を始めてみた。
まぁこの菜園というのがズブの素人にはハードルが高い、草も取らない、一切耕さないという「自然農法」で挑んでしまい、なかなかに失敗をこいたんだけど、そちらの詳細は拙著「都会を出て田舎で0円生活はじめました」に書いているのでそちらを参照いただくとして…
話を進めましょう。

家庭を担う嫁来たりて、菜園にぎわう。

そんなこんなで電撃結婚したウダツの上がらない僕。(この経緯も拙著をご参照ください)
嫁という女性がこの菜園に降り立つと、これまでとは明らかに違う空気が流れはじめた。
草だらけの畑を見た嫁が吠える。
「んもぅ!この畑、耕すわよ!」
先述の自然農法ではなく、「自然栽培」というやり方をこのとき我が家は選択。
※ 自然栽培とは… 肥料も農薬も、堆肥や除草剤などを一切使わずに作物を育てる農法。自然の循環に必要なもの(菌類、雑草、虫や小動物)を除外せずにそれらの活動を活発化させて、そのエネルギーで栽培をする。自然の土を耕したり、草を取ったりしてもよい。←ざっくり解説
耕すわよと言ってもトラクターや耕運機を使わない、手にするのはスコップ1本。
いつの時代の開墾ですか(笑)
鬼のような畑のテコ入れが始まった。
テコ入れっていうのは、野菜が育ちやすい環境を作るため、畑を掘って土をある程度細かく砕き、そこに土壌の自然循環を活発にする起爆材料(米糠、もみ殻くん炭、牛糞堆肥、腐葉土、草木灰、カキ殻石灰、鶏糞、油かすなどの農業資材)をすき込んでいく作業。

これがまぁ地味にシンドい。
当時、うちの畑は20センチも掘ればそこは硬い粘土層…(元々は田んぼだった土地らしい)
スコップが刺さらないほど硬い場所もあって、夫婦二人で途方に暮れたときもあった。
だけどこのテコ入れ、一度やっておけばそれ以降は基本不要。
うまく自然循環が機能してくれれば、あとはそこに生えてくる雑草を刈り取ってそこに戻していくだけでいい。

…というふうなことが、参考にした自然栽培の本には書いてあったが、世の中、そうそう上手くはいかないもの。
それだけでは思うような収量にはならず、結果的に我が家は有機栽培を織り交ぜた「循環型自然有機栽培」というやり方が定着した。
※ 有機栽培とは… 先述の自然栽培に加えて、有機肥料を使う栽培方法。有機JAS規格で認められた農薬なら使用してもよいとされるが、我が家の場合は農薬は一切使用しない。←脚注多くて失礼
具体的にどんなやり方かというと…
自作することができず、購入しなければいけないようなケミカルな肥料や農薬はまず使わない。
だけど野菜に生じる成長不良などの問題には何かしら対処が必要なのでそこには有機肥料を投入する。
その有機肥料は暮らす上で必ず出てくる生活残渣(ざんさ)。

食べれば必ず出る排泄物、調理すれば出る生ゴミ、木から落ちてくる枯葉、刈り取った雑草、ニワトリ小屋を掃除して回収される鶏糞などなど、あらゆる有機物… しかもそれらは全て0円。
そういった残渣を堆肥化させて畑に利用するという循環サイクルである。
特にオシッコを水で数十倍に薄めた「液肥」の効果は即効性があり、効果はテキメン。
自然栽培ではなかなか大きくできないニンニクを大きく育てることができた。(やりすぎにはご注意!虫がたくさん来たり、病害にかかりやすくなります)

やればやるほど、自然のシステムに驚かされる。

生きていれば必ず出てくる生ゴミや排泄物にほんのひと手間かけるだけで、野菜が元気に育つなんてスゴくない〜?
今の社会、有機物って厄介者としてコストをかけてまで処理されがちだけど、実はそこにこそストロングな自然本来のエネルギーが詰まっている。
エネルギーを捨てちゃうなんて、ん〜、勿体無い!
野菜の種も自家採取して年々繋いでいけば、種も0円。
もちろん手間をかける必要もあるが、0円で野菜を手に入れることができる。
今の時代、日本全国、いや海外の野菜の種も入手可能だし、自分に合ったいろんな品種を試してみることもできる。
最低限、必要なのは耕作するための「土」(例外として、水で栽培する水耕栽培のような土を使わない栽培法もあります)。
コンクリートやアスファルトが多い都会暮らしでも、プランターに土を入れてそこに野菜の種を撒けば発芽するかもしれない。
賃貸アパートのベランダでもできちゃうミニ菜園。
畑はなにも田舎の広大な土地だけじゃない。
土があるところが畑になる。
土は可能性だらけだ。
もし読者の中で僕のような田舎育ちの人がいたなら、実家やその周辺の土地情報(耕作放棄地や空き地など)をチェックしてみるのもよし。
新たに土地を購入するよりも、先祖代々のものを受け継ぐっていうのは意味があることだと思うし、事務的な手続きも比較的スムーズだろう。
今や野菜の種は百円ショップでも購入可能。
インターネットを利用すればさらに多種多様な野菜の種を見つけることもできる。
お金をかけなくても生活残渣をうまく利用すればきっと良き実りにありつけるだろう。
生ゴミも減ってくれる。

この地球が持っている自然のシステムを0円で使いこなそう。

よくよく考えれば、自然界の全ての動物はそのへんにあるものを食べて、排泄物や食べ残しをただそこに落としているわけで、それが虫へ菌類へと引き継がれて自然分解。
再び植物の栄養となって葉を茂らせ、実りを生む。
そんなシンプルな営みが僕ら人類が誕生する前から永続的に続いている。
ひょっとすると、地球のそんな豊かな営みを、わざわざ労力をかけて阻害しているのは僕たち人間かもしれない。
地球の資源を人間だけで独占する勢いで生活しているのに、物価高にヒーヒー言ってなぜか貧しい思いをしている。
豊かなエネルギー源である生活残渣をはるか遠くに捨ててみたり、燃やして灰にしてしまっているわけだ。
何気にこの自然の循環システムにただ素直に身を任せるだけで、全てとはいかずとも大半の食料問題がストロングに解決しちゃうかもしれない。
しかもコストは限りなくゼロ。
その気になればお庭を食べ物のジャングルにできる。
そうなったらもうパラダイスだよね。

まとめ。

何かと物価高が騒がれる昨今。
生きるために必要なものを買うことでしか入手できないっていうのが、ちょっと恐ろしいことのようになってきた。
作れなければ、誰かに作ってもらうしかない。
その誰かは今や個人ではなく、海外の企業だったりして、人情ってものが通用しない。
輸入原価が高くなれば当然、市場価格も高騰する。
物価高とは、言い換えればお金の価値が下がっているってこと。
今こそ、物体そのものにフォーカスしてみよう。
この際、経済社会ってものから少し距離を置いて、自然のストロングで豊かなシステムにグイグイと歩みよってはいかがだろうか。
きっとその先にはプライスレスな自給自足の世界が待ってるよ〜!
自分で育てた野菜はストロングにウマイ!
そして、排泄物を含めた有機物、それを分解してくれる生命のスゴさにひれ伏してしまうだろう(笑)
こんな素晴らしい生命の世界。
皆さまがた、いつもありがとうございます!
おかげさまで今日もご飯が美味しいです!




田村余一(Tamura Yoichi)
1977年、青森県南部町生まれ。大学卒業後まともに就職することもなく、フリーターをしながら現代社会への不安と失望を加速させる。20代半ば、富士山で冒険死を試みるも見事に失敗し、おどるような人生を選択。以来ちょっとオカしいくらいのポジティブ思考で独自の人生をクリエイトし始める。伴侶の田村ゆにと電気・ガス・水道を契約しない生活を構築し、持続的DIY農生活を実践しながら、これまでの人生経験の集大成とも言える、地域の「御用聞屋」を開業。デジタルとアナログを混ぜ合わせつつ、一人で百の仕事をこなす現代版「百姓」を目指す。廃材建築家、イベント企画/演出、映像作家、デザイナー、イラストレーター、ナレーター、舞踏家などなど……スキルはムダなくらい多岐にわたる。2023年4月からムラづくりプロジェクト「コミューン」を始め、自給自足生活をムラビトと一緒に共有している。

うちみる(自給自足家族生活オフィシャルWEBサイト)
http://uchimill.naturebounds.com/

うちみるコミューン(自給自足のムラづくりInstagram)
https://instagram.com/uchimill_commune

うちみる動画チャンネル(YouTube)
https://www.youtube.com/@uchi-mill4828

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