私が著者になるまで

「お金がないと何もできない」はウソかもしれない

#私が著者になるまで

「お金がないと何もできないよ!」と叫びたくなるこの現代社会で、電気・ガス・水道の契約なし!家族で自給自足!という生活を青森で送る田村一家。でも、その暮らし方には悲惨さがまったくなく、むしろ充実していて楽しそう!いったい、どんな経緯でこんな生活を送っているのでしょうか?田村余一さん、ゆにさんに聞いてきました!

<聞き手・松本幸樹>

家は自分で建てました

聞き手
今はご家族3人で「自給自足」の生活を送られているわけですが、お金を使わないでどう暮らしているんですか…?
まったく使わないわけではないんですけど、家は廃材で建てたもので原価10万円。野菜類は畑で育てて、調味料も基本は自家製。飲み水は湧き水から汲んで、日々の電気はソーラーパネルでまかなって、火は薪をくべて…という感じでお金はほとんど使わないんですよね。
使うといったら、自分たちでは簡単に作れないお豆腐とか、あとは工具類です。
余一さん

余一さんがセルフビルドした一家の住まい

家の中の様子

聞き手
いやー、本当にすごいことです!
奥さまと出会う前から同じような生活だったんですか?
嫁さんと会うまでは実家に住んでました。それで、将来を見据えてちょこちょこ家(今の自宅)を造って、合間に畑をやったり、現金収入のためにデザインとかナレーションの仕事とかをやってました。ちょっと疲れたら実家で映画を観たり。
今思えば、ヒマがあった時期だなぁと思います(笑)。
余一さん
聞き手
今びっくりしたんですけど、ナレーションのお仕事のご経験もあったんですか!?
仕事はたぶん100種類くらいはやってきてて、どれも独学みたいなもんで、「今はこのスキルが必要だな」「これもやってみようかな」って感じで今に至ります。ナレーションも広告代理店勤務の知り合いがいて、ローカルCMをちょこっと紹介してもらったりとか。そんなつながりでいろんな仕事をしてきました。
余一さん

取材中、カメラを向けるとポーズをとってくれるタイチくん

聞き手
そういったお1人の時期はどれくらい続いたんですか?

ネットを使った「お嫁さん募集」で出会った2人

自然の暮らしをしよう!と思い立ってからは6年くらいですかね。でも、1人だと何かと不便だし、ちょっとさみしいし、やっぱりこういう生活を共にしてくれるパートナーがほしいなぁ…と思ってネットで「お嫁さん募集」をしたんです。
余一さん
聞き手
当時ではかなり進んだ婚活だったでしょうね。
その時は、こんな人に来てほしいなっていう希望はあったんですか?
希望は特になくて。でも自然が好きな人がくるだろうなとは思ってました。だって僕、「お金は持ってません!」って宣言してましたから(笑)。でもその代わりに土地はある、自然はあるよと。
なので、年齢的にも自分と近い人が多いのかな〜と漠然と思ってたんですけど、集まってみると僕より年上・年下の方ばっかりでした。
実はその中で嫁さんが最年少(当時29歳)で、「10歳も下で大丈夫かな〜」と思ってたんですけど、最初のメール1往復で「あー、ぜんぜんいいな」と思ったんですよね。
で、2回目で「この人だな」と思いました。
余一さん
聞き手
メールでのやりとりで決めたというのも驚きですけど、たった2ラリーで!? 何が決め手だったんですか?
嫁さんのメール自体が1通で何千文字もあって、結構ボリューミーなやりとりだったので、その中で彼女の熱量とか価値観とかもよくわかったんです。でも、一番刺さった言葉は、「何とかなりますよ」でしたねぇ。
余一さん
聞き手
「何とかなりますよ」……ですか!?
言葉にすると何でもないんですけど、当時は自分の理想に人を巻き込むことに不安もあったんですよね。それを彼女に伝えたら、「何とかなりますよ」って。
その言葉を見た瞬間、「何とかなるかー、うん、何とかしよう」って自然と思えたんです。「この人の『何とかなる』は本当に心強いなぁ、こんなに安心できるんだ〜」と思って。そこに惹かれました。
余一さん