荒井詩万 仕事

「お客様を信じることも、私の仕事」荒井詩万

#仕事

テレビでも活躍中のインテリアコーディネーター、荒井詩万(しま)さん。インテリアに目覚めたのは、自分の部屋を初めて与えられた中学生の頃だった。一旦は別の仕事に就いた荒井さんが「好き」を仕事にしようと決意した背景には、どんな転機があったのか。

「あか抜けた部屋」は、誰でも簡単につくれる

季節や気分に合わせてファッションを選んだり、ヘアスタイルを変えてみたり。誰もが気軽におしゃれを楽しむ時代なのに、「部屋をおしゃれにする」となると急にハードルが高くなるのはなぜだろう。素敵なインテリアを揃えるのにはお金がかかるし、模様替えには時間も労力もいる。第一、どうすればおしゃれな部屋になるのか、よくわからない…。

「ホームパーティーの文化がある海外と違い、日本では自宅を人に見せる機会がそんなに多くありません。そのせいもあって、インテリアはファッションなどと比べて優先順位が低くなってしまいがち」

そう教えてくれたのは、2月に初の著書『今あるもので「あか抜けた」部屋になる。』を出版した荒井さん。ここで紹介されている簡単なルールを真似するだけで、家具を新調しなくてもあか抜けた部屋をつくることができる。「お金がかかりそう」「面倒くさい」「センスがいりそう」といった、部屋のおしゃれを楽しむうえでのハードルをすべて解消してくれるハウツー本だ。

この本には、インテリア本に必ずと言っていいほど掲載されている「写真」が一切ない。わかりやすい文章とイラストで、端的に構成されている。

「最初は私も写真を入れたほうがわかりやすいと考えていました。でも、スタイリッシュな部屋の写真があることで、『私の部屋はこんなに広くない』『こんな家具は持っていない』…と読者のハードルがかえって上がってしまう可能性があります。どんな部屋でもできそうと思ってもらうには、写真がないほうがいいのではないか。編集の方と話し合ううちに、そういう結論にいたりました」


クールビューティーでありながら、とっても気さくな荒井さん

個人のお客さま宅のコーディネートをはじめ、大学やインテリアスクール、自宅インテリアレッスンなど、さまざまなシーンでインテリアコーディネート術を伝えている荒井さん。これまで4000人以上と接してきた荒井さんだが、本書を執筆するにあたり、自身のノウハウを今までにないほど細かく紐解く作業をしたという。

「ひとつひとつのノウハウを改めて論理的に考え直せたいい経験でした。部屋を素敵にしたいのになぜかイマイチ…という方は、たいてい『なんとなく』の部屋づくりをされています。まずは感覚に頼らず、ルールに則ってやってみると、簡単にあか抜けた部屋をつくることができますよ。自分らしさは後から自然と出てくるものです」

部屋づくりの楽しさに触れた少女時代

理論に基づいたルールと豊かなセンスで信頼を寄せられている荒井さんだが、インテリアに興味を持った当初は、当然ながらそんなスキルは持ち合わせていなかった。中学生のときに初めて与えられ工夫を凝らした自室を、荒井さんは「カオスだった」と笑いながら振り返る。

「エスニック柄のラグを敷いたり、パンクバンドのポスターを貼ったり、気に入ったものをとにかく集めて置いていましたね。いま思えば、おしゃれとはほど遠い部屋でしたが、部屋づくりの楽しさを知ることができました。それからは定期的に部屋を模様替えして、自分なりにコーディネートを楽しんでいました」

大学は家政学部に進学。しかし専攻したのは住居学科ではなく被服学科だった。

「付属高でしたので住居学がいいなぁと先生に相談したら、苦手な数学と物理が必要だと言われて諦めました(笑)。でも、意匠学の授業で建築や空間や住まいについて学ぶ機会があり、やっぱりおもしろいなぁと。それで卒業後は建築設計事務所に就職し、専門職ではなく秘書としてですが、建築業界で働くことにしたんです」

インテリアへの淡い思いを抱きつつも、秘書として社会人のキャリアをスタートさせた荒井さん。秘書の仕事にやりがいを感じてはいたが、年齢を重ねても働き続けるためには、会社に頼らず自分で仕事をする力をつける必要があるとも考えていた。そんなときにふと頭をよぎったのが、勤務先の近くにありいつも目にしていた「町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー」の存在。思いきって体験授業を受けてみると、そこには自分の知らない世界が広がっていた。

「生徒の方々のプレゼンテーションを拝見したんですが、自分の提案をみんなの前で堂々と発表する姿を見て衝撃を受けました。秘書はどちらかというと受け身の仕事だったので、そういう仕事があるのかとチャレンジしてみたいという気持ちが湧いてきたんです。さっそく夜間の部に入学し、会社勤めをしながら週2日、2年間通いました」

プロとしての成長を後押しした、二度の転機

スクールに通い始めて最初に学んだのは、「はじめに暮らしありき」ということだった。

「部屋をつくるにはまず、『どう暮らしたいか』という内側からの発想が大事。それに基づいて家具やレイアウトを決めていくという基本の流れを最初に学んだのですが、好きなものを買って置くことしかしてこなかった私には目からウロコでした」

入学当初はまだ憧れに過ぎなかったインテリアコーディネーターへの思いは、半年経ってれっきとした目標に変わっていた。卒業してインテリア関連企業への転職を考えたものの、すぐに辞めるタイミングではなかった荒井さんは、秘書と並行しながらインテリアコーディネーターの仕事を始めることを試みる。

「『インテリアに関してなにかあればお声がけください』というポストカードをスクールのクラスメイトと一緒に作って、友人や知人200人くらいに配りました。当時はいまみたいにメールが普及していなかったので、本当に地道なスタートでしたね。でも、結婚が決まって新居に越す友人からインテリアの相談を受けるなど、少しずつ仕事が来るようになりました。といっても最初はお代をいただかず、代わりにランチをおごってもらったりしていたんですが」

ほとんど無償で相談を受けていた荒井さんに転機が訪れたのは、27歳のとき。「新居をトータルコーディネートしてほしい」という親友からの依頼がきっかけだった。

「私のコーディネートにすごく満足してくれた彼女がこう言ったんです。『コーディネート料をきちんと請求してくれないと困る。無償でやっている限り、いつまで経ってもプロにはなれないよ!』と。親友の厳しくも温かい言葉にハッとして、そのときに『プロのインテリアコーディネーターとしてひとりで歩んでいこう』と決意したんです」

プロとしての本格的なスタートを切り、徐々に仕事が増えてきた28歳のとき、二度目の転機が訪れる。前職の建築設計事務所で出会った建築士と結婚し、二世帯住宅を新たに建てることになったのだ。ご主人が住宅設計、荒井さんがインテリアコーディネートを担当し、「ギャラリーに住まう」をコンセプトに掲げて二人で手がけた自宅は、完成後に応募した「神奈川建築コンクール」で優秀賞に輝いた。


荒井さんのご自宅。開放感たっぷりのリビングは家族みんなの憩いの場

「家族や友人がみんなで集まれるように、メインルームはオープンLDKに。オリジナルデザインのオーダー壁面収納にお気に入りの小物や本を飾り、ギャラリーのような空間にしました。自然光がたっぷり入るように天窓を設けたこともポイント。毎日のように建設現場に通い、職人さんたちとコミュニケーションをとりながらつくりあげた家だったので、完成したときはまさに感無量でした。賞をいただけたことで大きな自信になりましたし、雑誌やテレビで紹介いただいたのを機にお問い合わせも増えました」

インテリアコーディネートは、お客さまに「寄り添う」仕事

こうしてインテリアコーディネーターの道を順調に歩み始めた荒井さん。最初の頃はもちろん苦労もあった。

「とくにリフォーム案件は、壁を開けてみないと実態がわからないことも多いんです。抜けると思っていた柱が抜けず、デザイン変更を余儀なくされて納期が遅れてしまうといったこともありました。なにも考えずに道具をまたいでしまって、職人さんに『帰れ!』とものすごく怒られたことも」

華やかなイメージを持たれがちなインテリアコーディネーターだが、クライアントと現場の狭間に立ってスケジュールやコストの調整も行なう、意外と泥くさい面のある仕事だ。だが荒井さんはくじけなかった。秘書時代の経験を活かして各所と密にコミュニケーションをとり、プロジェクトが円滑に進むように尽力した。頭の中にしかなかったアイデアが形になっていくワクワク・ドキドキ感に魅了された荒井さんは、一般的なインテリアコーディネーターよりも多くの回数で現場に通った。そのスタイルは現在も変わっていないという。

30代半ば頃、自らの仕事観が大きく変わる出来事があった。あるシニア夫婦の自宅をフルリノベーションする案件を手がけたときのことだ。定年退職した夫は家から出ずに書斎に閉じこもり、妻は「ときどき息が詰まる」と漏らしていたという。そこで荒井さんは書斎をできるだけコンパクトにし、代わりにリビングや寝室を広げてオープンキッチンを設けた。

「リノベーションが完了して数ヶ月後、ご主人の暮らしが180度変わったと奥さまからお聞きしたんです。以前は一日中書斎にこもっていたのに、今ではキッチンで料理をしてみたり、遊びにきた孫と一緒に楽しそうに過ごしたり。ご夫婦の会話も自然と弾むようになったそうです」

部屋が住む人の生き方まで変えることを、荒井さんはこのときに実感した。そして、これまではお客さまと「向き合う」感覚で仕事をしていたが、お客さまやその方の人生に「寄り添う」仕事なのだということを悟った。

住む人の隣に寄り添い、共感し、同じ理想に向かって一緒に歩んでいく。そんなスタンスで仕事をするようになった当時の心情を、荒井さんは鮮明に覚えているという。そのときのご夫婦とは今も時々メールをやりとりする仲だそうだ。

想定以上の提案で、お客さまの信頼を得る

現在は、HP・ブログ・SNSからの新規のお客さまが中心という荒井さん。新規顧客を着実に増やしつつ、リピートや紹介のお客さまも2割を占めるという。引越しや子ども部屋の新設、両親のためのリフォームなど、ライフステージに合わせて何度も依頼をくれるお客さまも多いそうだ。

インテリアコーディネーターとして成功するために必要なことを尋ねると、「信頼」という言葉が返ってきた。

「私たちは見えるものを売るわけではありません。だからこそお客さまに信頼していただくことが大切ですし、自分の提案を受け入れてもらえるという自信、つまりお客さまを信頼することも大切だと思っています」

信頼を得るうえでの荒井さんの強みは、きめ細やかなコミュニケーション、お客さまの理想を引き出すカウンセリング力、そして「想定以上の提案」だという。そのためにも海外の展示会や新作のチェックなどインプットは常に行ない、自身の引き出しを増やすことを心がけている。

「以前、40代の共働きのご夫婦から依頼をいただいた際、最初の打ち合わせで『家で幸せを感じるのはどんなときか』とお聞きしました。するとお二人とも『子どもに読み聞かせをしているとき』とお答えになったんです。確かにそのお家には本がたくさんあって、コミュニケーションの中心に本があるご家庭なんだなと思いました」

そこで荒井さんが提案したのは、リビングに大きな本棚を設置したライブラリーのような空間。当初は「ごちゃごちゃしてしまうのでは」と難色を示していたご夫婦だったが、荒井さんの熱心で論理的な提案を聞くうちに心が変わっていったという。


荒井さんが提案した、本が主役になったリビングの完成写真

「わざわざほかの部屋に本を取りに行くのではなく、ご家族が集まるリビングに本棚があり、日常により自然に溶け込んでいることが重要だと考えました。お子さんが思春期を迎えて会話が少なくなっても、本がすぐそばにあれば食事をしながら『この本おもしろかったよ』と自然にコミュニケーションをとれるでしょう? この思春期の話はご夫婦にとくに響いたようでした。完成したリビングを見て、想像以上に素敵な仕上がりだと言っていただけたときは、本当に嬉しかったです」

インテリアをもっと身近な存在にするために

実際にそこに住まうエンドユーザーとの仕事を基本とする荒井さんだが、近年は企業からのオファーも増えているという。昨年はファッションスタイリストやフラワーアーティストなど、異業種とのコラボレーションもいくつか手がけた。

「私はインテリアを、ファッションやお料理を楽しむのと同じくらい身近な存在にしたいと思っています。自宅での少人数レッスンをずっと続けているのは、世間話の延長でワイワイ和やかにインテリアの話をする方々を少しでも増やしたいから。今回の出版も、私のその目標を実現するための大きな一歩になりました。最近はさまざまな業界がインテリア市場に参入していて、垣根がなくなってきているので、その動向を活かしていろんなコラボにチャレンジしたい。そしてそれが日本の住生活の底上げに繋がったら…と思っています」

部屋が変われば、そこに住む人の人生がより豊かに変わる。その変化を幾度も目の当たりにしてきたからこそ、インテリアを気軽に楽しむ方法を荒井さんは伝え続けていく。模様替えが趣味だった少女の頃からは想像もつかないほどのチャレンジングな未来が、これからの荒井さんを待ち受けていることだろう。

(取材・文/三橋温子)


荒井詩万(あらい・しま)

インテリアコーディネーター。CHIC INTERIOR PLANNING主宰。
日本女子大学家政学部卒。フリーランスのインテリアコーディネーターとして、「友人宅の椅子をひとつ選ぶ」ことからキャリアをスタート。
現在までに個人邸のコーディネート、リフォームなど150件以上を手がける。

使いやすいプランニング、細かな収納計画、美しい配色にこだわった、住まう人それぞれに合う心地よい空間づくりが人気。
インテリアスクールや大学の講師としても活躍。その他、さまざまなセミナーや自宅でのインテリアレッスンなどを通して、今まで4000人以上にインテリアのノウハウを伝える。

NHK教育テレビ「資格☆はばたく」、テレビ東京「インテリア日和」、日本テレビ「スッキリ!」など、テレビ出演も多数。

第45回神奈川建築コンクール優秀賞受賞
キッズインテリアコンテスト協会賞受賞
平成28年度 住まいのインテリアコーディネーションコンテスト特別審査員賞受賞
第3回モダンリビング スタイリングデザイン賞大賞受賞

ウェブサイト:http://chic-interior.net/

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