私が著者になるまで

自分を守り、もっと自由に生きるための「交渉術」 犬塚壮志

#私が著者になるまで

対人関係をうまく築ける人は、仕事もプライベートもうまくいきやすいもの。元・駿台予備学校の人気講師である犬塚壮志さんは、対人関係でのさまざまな失敗を経て、東京大学大学院で交渉学プログラムを受講。「対人関係の悩みは【交渉力】で解決できる」と確信したと言います。最新作『頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術』(サンクチュアリ出版)にまつわるエピソードをお聞きしながら、対人関係を向上させるヒントを探りました。

「交渉術」は自分の身を守るためのスキル

聞き手
最初にこの本を手にとったとき、ちょっと驚きました。「対人関係の悩みを交渉術で解決!?」って。
そうですよね。交渉術というと、弁護士や外交官など特別な仕事をしている人が使うイメージがあると思います。でも実は、日常生活でも「交渉」が役立つ場面はたくさんあるんですよ。繁忙期に定時で上がりたいとき、先輩からの飲み会の誘いをスマートに断りたいとき、気になる人をデートに誘いたいとき……。
犬塚さん
聞き手
「交渉=言いくるめる」みたいなイメージがありましたが、対人関係で角を立てずに自分の望みを叶えるためのスキルでもあるんですね。
角を立てないだけでなく、相手を自分のファンにしてしまうこともできるのが交渉術。たとえば、取引先から良い条件の契約をとった上に、「今後もあなたと一緒に仕事がしたい」と信頼度まで高めてしまうことも可能なんです。
犬塚さん
聞き手
そう言われるとイメージがガラッと変わります。犬塚さんはもともと予備校講師として活躍されていたから、コミュニケーションは昔から得意分野だったんでしょうね。
いえ、とんでもない。僕はサイエンスのおもしろさを子どもたちに伝えたくて化学科講師になったんですが、入社1年目は人前で話すことすらうまくできず、生徒をまったく集めることができませんでした。予備校講師は1年契約なので、「このままだとクビ切られる!」と追い詰められてめちゃくちゃ話し方のトレーニングをしましたね。カリスマ講師といわれている人気講師方の教え方を研究して、ひとりでリハーサルを何度もやって……。
犬塚さん
聞き手
へぇ〜! 人気講師にのぼりつめるまでには、そんな努力の積み重ねが……。
今回の本のテーマである「交渉」に関しても、以前の僕は全然うまくありませんでした。会社に給料や労働時間の交渉ができず、納得いかないまま働いていたり、新しい講義の企画をなかなか提案できなかったり。実際に通すことができた企画は、講師人生で片手で数えられるほどです。独立して教育事業の会社を立ち上げたあとも、突然の契約破棄や未払い、ものすごく安いフィーで買い叩かれるなんてこともありました。
犬塚さん
聞き手
うわ……ひどい。
そういうことが何度もあって、自分の立場がすごく弱いことに気づかされたんです。これは本気でどうにかしないと、と。また、教育コンサルティングや研修企画など「教える」ことを事業にしていたので、コミュニケーションを本格的に学んで再現性を持たせたいという思いもありました。それで東京大学の大学院に入り、認知科学や心理学を勉強したんです。
犬塚さん
聞き手
そこで交渉学も学ばれたんですね。交渉を専門的に勉強してみて、どんな学びがありましたか?
「相手がなにを仕掛けてきているのか」がわかるようになりました。たとえば、クライアントから他の取引先のことを聞かれたとき、以前は金額や仕事量を正直に教えてしまっていたんですけど、最初から手の内を明かすと足もとを見られるんですよね。「じゃあうちもこれくらいの額でいいよね」とか「その仕事量なら短い納期でもいけるよね」とか。
犬塚さん
聞き手
なるほど、相手の交渉の真意が読めるようになったと。
クライアント側にも希望や都合があって、みんながみんな僕にとってベストな条件で取引してくれるとは限らない。自分の身は自分で守らないと、良いサービスを提供できなかったり、本当にケアすべきクライアントと出会えなかったり。それって、社会的損失でもありますよね。僕は交渉術を通じて自分の身を守れるようになってから、よりクオリティの高い仕事ができるようになりました。いまお付き合いさせていただいているクライアントとは対等な関係を築けていると思っていますし、今後も継続的にお仕事したいと思う方ばかりです。
犬塚さん

入稿2日前にまさかのタイトル&装丁を刷新

聞き手
今回の本は、どういう経緯で出版することになったのでしょうか。
教育コンテンツをつくるという仕事柄、毎年1冊くらいは本を出したいと思っていて、自分から企画を持ち込んだんです。サンクチュアリ出版さんは著者界隈では「尖った出版社」として有名(笑)。ひと月に1冊しか出版しないとか、企画書の書き方を公開しているとか、真剣に本づくりをされている姿勢が興味深かったので、ダメもとで企画書を直接お送りしました。
犬塚さん
聞き手
それが晴れて通ったわけですね。本の中では55もの交渉術が具体例やエビデンスとともに紹介されていますが、このボリュームをまとめるのはかなり大変だったのでは?
はい。対人関係でありそうな悩みを編集の鶴田さんと一緒に集めて、僕のノウハウの中から解決に役立ちそうなものをピックアップして……。交渉術一つひとつにエビデンスを載せて信頼性を高めたいという思いがあったので、海外の論文や専門書もかなり読みましたね。
犬塚さん
聞き手
犬塚さんのTwitterで「入稿2日前に本の運命が変わった」というツイートを見かけたのですが、これは……?
入稿2日前にタイトルを変更したんです。タイトルが変わるということは、装丁もコピーも……。
犬塚さん
聞き手
キャー! なぜそんなことに!?
当初は「交渉」を前面に押し出したタイトルだったんですが、いろんなリサーチの結果、「自分とは関係ないように感じる」「攻撃的なイメージ」といった声が続出したんです。確かに、想定読者は交渉を仕事にしている人ではないので、交渉力を身につけたくてこの本を手にとるわけじゃない。それなら、交渉力を身につけることで得られるベネフィットを訴求したほうがいいよね、ということで。深夜にサンクチュアリ出版さんチームと急遽オンライン会議。あの夜のことはたぶん一生忘れません(笑)。
犬塚さん
聞き手
そこで「対人関係」というキーワードが出てきたんですね。
僕がどんな思いで交渉力を身につけたのかという原点に立ち戻ったときに、やっぱり「対人関係を良好にして、人生を自由に豊かに生きる」ことが目的だったよな、と。この本のユニークな点は、鶴田さんの提案で交渉術一つひとつに「自分の身を守るための方法」も添えていること。もともと「攻める力」というより「守る力」としての交渉術を紹介した本だったので、結果的に本の内容とも非常にマッチしたタイトルになりました。おかげさまで売れています!
犬塚さん
聞き手
土壇場のナイスな判断だったんですね。読者の方からはどんな反響がありましたか?
「対人関係で悩んでいた私にぴったり」「ケースがたくさんあってわかりやすい」など、こだわった部分を評価いただけていて嬉しいです。具体的なテクニックでいえば、自分を敵視している人との距離を縮める「ベンジャミン・フランクリン効果」や、無茶な要求を受け入れてもらう「アサンプティブ・クローズ法」などが、日常で使いやすいと評判です。
犬塚さん

対人関係の悩みがなくなれば、人生はもっと自由になる

聞き手
現在2つの会社を経営されていますが、どんなことに取り組んでいるんですか?
僕が予備校講師を辞めて独立したのは、自分を含め「教える」仕事をしている人たちのポテンシャルをもっと知ってもらい、世の中に貢献できるということを証明したかったから。1社目の「士教育」という会社では、大人向けの教育コンテンツ開発や教育ビジネスの立ち上げサポートなどをやっています。ほかにもやりたいことが山ほどあるんですが、最終的なビジョンは、エキスパート(熟達者)のナレッジを後世に伝え残す仕組みをビジネスで創ること。
犬塚さん
聞き手
スケールが壮大ですね!
たとえば、企業にすごく優秀な営業パーソンがいたとしても、その人のナレッジをそのまま組織内でシェアする仕組みってまだないと思うんです。伝統工芸とかもそうですよね。でも当社では、エキスパートのナレッジを言語化・可視化してまとめていくというノウハウは確立できているので、今後はそれをいかにビジネスとして成立させていくかを考えていきたいと思っています。
犬塚さん
聞き手
なるほど。属人的な仕事や技を体系化して他者に伝えていくということですね。ものすごくニーズがありそうです。もう1社ではどんなことをしているんですか?
「ワークショップ」という大学受験専門塾を運営しています。志望校合格という最終的なゴールはひとつですが、学びの多様化には積極的に対応していきたいと思っていて、オンライン授業もそうですし、ほかの塾と組んでいろんな学習方法を補完し合うのもアリかもしれない。生徒の可能性を最大限に広げられる場をつくりたいという思いが根底にあります。
犬塚さん
聞き手
のびのびとチャレンジされている様子が伝わってきて、なんだかワクワクします。未払いや契約破棄に悩まされていた独立当初の犬塚さんとは別人ですね。
本当に(笑)。人生って、自分が思っているよりもっと自由に生きられると思うんです。そのために必要なのが、対人関係の悩みから解放されること。僕は交渉術を身につけたことで自由を手に入れました。なにか問題が起きても、交渉術で早々に解決できるようになりました。もし昔の僕のように対人関係で我慢や理不尽な思いをしているなら、1日も早くそんな日々から脱出して人生を謳歌してほしい。そういう思いで今回の本を書いたので、ひとりでも多くの方の手に届くことを願っています。
犬塚さん

(取材・文 三橋温子)

犬塚壮志(いぬつかまさし)
教育コンテンツ・プロデューサー/株式会社士教育代表取締役
福岡県久留米市生まれ。元駿台予備学校化学科講師。東京大学大学院学際情報学府博士前期課程修了(学際情報学修士)。
大学在学中から受験指導に従事。業界最難関といわれている駿台予備学校の採用試験に当時最年少の25才で合格。年間1,500時間以上の講義を行う中で、難易度の高い内容を理解・納得させるだけでなく、やる気の出ない生徒らを言葉だけで勉強にのめり込ませる話し方のスキルに磨きをかける。受講アンケートでは満足度1位を獲得し、季節講習会の化学受講者数は予備校業界で日本一となる(映像講義除く)。
「教える仕事をしている人がもっと活躍できるビジネスを創る!」を理念に掲げ、2017年に駿台予備学校を退職。しかし独立後は、安く買い叩かれることは日常茶飯事で、謝礼金の未払いや不当な契約解除、金融商品詐欺などを経験する。貯金もすべて尽き、華やかなカリスマ予備校講師時代から一転、仕事だけでなく、お金や人間関係に悩む日々を送るようになる。ストレスで体重は10kg以上増加し健康を害すまでに。妻の献身的な支えもあり、「このままではいけない…!」と一念発起。わずか4ヵ月間の独学で東京大学に入学し、アカデミックな視点からコミュニケーション力を高める決意をする。
認知科学や心理学などを専門に学びながら、交渉学で世界最高権威であるハーバード大学のロースクールで実際に行っている交渉学のプログラムを受講・修了(最高評価を取得)。すべての対人関係を自力でコントロールできるコミュニケーション術を身につけ、それまで抱えていた悩みを一掃する。これまで閲読した交渉をはじめとするコミュニケーションや認知科学、心理学に関する文献は1000本超。
現在は、講座開発コンサルティング・教材作成サポート・講師養成・営業代行をワンオペで請け負う(株)士教育を拡大中。企業向け研修講師としての登壇実績も豊富で、交渉スキルを含む「説明力」をテーマにした研修プログラムは、大企業から中小企業まで登壇オファーが殺到。受講アンケートにおいては、「満足度」・「活用期待度」はいずれも95%超。
その傍ら、企業と協同した教育事業の新規立ち上げプロジェクト3件の中心メンバーとしても活躍。「人生の悩みは対人関係から生まれ、それらはすべて交渉力で解決できる」が信条。
主な著書に、累計5万部越えのベストセラーとなった『頭のいい説明は型で決まる』、発売1ヵ月で1.5万部を突破した『感動する説明「すぐできる」型』(共にPHP研究所)、電子書籍を含め3.8万部を突破した『説明組み立て図鑑』(SBクリエイティブ)がある。

頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術 犬塚 壮志

頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術

犬塚壮志
定価:1,680円(税込1,848円)
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