あの本とカフェへ。

vol.6 「孤独」にさせない、未来のコミュニケーションとは。

#あの本とカフェへ。

連載エッセイ「あの本とカフェへ。」
大人気Webマガジン「かもめと街」を運営する、街歩きエッセイストのチヒロがサンクチュアリ出版の本を持ってお気に入りのカフェを巡ります。

今、わたしは小さなロボットを前にどぎまぎしている。

それは、目の前にいるロボットがただの機械ではなくて「人」だと認識しているからだ。

どういうことかって?

それにはまず、ロボットの開発者である吉藤オリィさんの話から始めよう。

孤独は、自分と向き合う大切な時間だとはいうけれど。

もしも、生きる時間の全てが、なんらかの事情によって「孤独」だけになったら、どう感じるだろうか。

自分のやりたいことだけ、ただひたすら熱中できる人はいいのかもしれない。

でも、やりたいことすらできない体だったら?

そんな人たちの持つ孤独を無くすべく、日々研究に励む人がいる。発明家でロボット開発者の吉藤オリィさんだ。

吉藤オリィさんは小学5年生から中学2年までの3年間不登校だったという。高校生の頃、電動車椅子の製作に興味を持ち、数々の賞を受賞する。華々しい表彰を受けながら、自分のやりたいことは研究を続けることではなく、人々が持つ「孤独の解消」だと気付く。

そして重度の障害を持ち、体が動かない人たちの救世主となるロボットを開発した。それが分身ロボット「OriHime」(オリヒメ)だ。

「OriHime」の中にいるのは、人である。

障害を持つ人が遠隔操作で動かし、こちら側にいる人間とコミュニケーションを取るために作られたもの。操作する人たちは、パイロットと呼ばれている。働く意欲にあふれているが、現在入院中のベットの上で体が動かない人が多くを占める。

ある時までは普通の人と同じように働き、病気をきっかけに動けなくなってしまう。その絶望感はいかほどか。または、生まれながらに体に障害があり、寝たきりの生活を送る人もいるそうだ。そのような生活を送っていると、家族の他に接する機会があるのは、病院の先生や看護師さんなど限られた人だけ。健常者のように、誰かと偶然出会ったり、一緒に仕事をするといったコミュニケーションを取ることが難しく、孤独を感じやすいという。

「社会と繋がりを持っていたい」と思うのは、きっと誰しもが共感できる願いではないだろうか。体が動かないからといって、社会と分断されてしまうのはあまりに酷だ。

オリィさんは著書である「ミライの武器」のなかで、こう言っている。

この世の中は五体満足な人が生活しやすいようにデザインされているだけ、と。自由で元気に体が動かせることが基準のデザインとなっているから、体が動かせない人にとって不自由を感じるのだと。

その立場にならないと、ご本人たちの気持ちを推し量ることはできないのは重々承知の上で、わたしの微かな体験を思い起こしてみる。

5年前の冬のこと。

数年前に発症した自己免疫疾患のひとつである、関節リウマチの治療を変えてから、少しずつ体が動かしにくくなった。仕事の帰りに寄ったライブの終わりで、席を立とうとしたところ、膝に重りがのっているような感覚を味わったのを今でもはっきりと覚えている。

それからどんどん症状が悪化し、布団から起き上がるのが困難になった。関節リウマチは関節が炎症を起こし、手足の関節が腫れたり熱を持って痛み、進行すると関節が変形する原因不明の病気だ。古くはスペインの有名な建築家であるアントニ・ガウディも幼少期にリウマチに悩まされたという。

不治の病に冒され、初めて自らの意思で身動きが取れない辛さを実感した。布団から起き上がるにも、指や手首の関節が腫れて力を入れるだけでズキズキと痛むせいで起き上がれない。痛みが治まるまで、涙を浮かべながら毛布にくるまった。全身に重りをつけたような鈍い痛みに耐えながら立ち上がるまでに最低30分はかかった。お手洗いへ行くにも、服を着ようとするだけでも痛み、その度に「関節って、からだの至るところにあるんだな」と、無自覚だった部位のひとつひとつを嫌でも認識せざるを得なかった。住んでいたアパートの階段を降りるだけでも一苦労で、エスカレーターのない駅では冷や汗をかきながら手すりを握りしめ、足を滑らせないように最大限の注意を払った。

思うように体が動かせないというだけで、こんなにも行動が制限されるのかと、何をするにもストレスは膨れ上がった。

それから5年が経ち、今は幸いにもある程度ふつうに暮らせるくらいには回復した。が、一度かかってしまうと治らない上に、少しずつ進行すると言われているため、日々どこかで不安から逃れられずにいる。症状が進み、右手の中指が曲がったままになったのを見るたび不安に襲われる。

事故や病気、それに老いに関しては誰にでも起こりうることなのに、「出来ないこと」を抱えた人に優しくない社会。それは目指すべき未来ではないし、たとえ全てを解消するのは無理だとしても、みんながより暮らしやすい社会を目指すことは自分の未来をも助けるのではないだろうか。

数年前、ポートランドへ旅したときのこと。

電動車椅子の人がぐんぐんと坂を登っていき、するりと店へ入った。わたしが見た限りではあるが、街全体が段差が少なく歩きやすいよう配慮した作りになっていた。体に不自由を抱えていても、東京よりはるかに自由に動き回れる街づくりがなされている光景を眩しく見えたのを覚えている。

からだの障害の有無によって分断されない社会。それは理想的な未来における、ひとつの有るべき姿ではないだろうか。

実は、そんな未来を少しだけ体験できる「分身ロボットカフェDAWN ver.β」が日本橋にオープンした。クラウドファンディングでは44,587,000円を達成した話題のカフェだ。

 

前述のロボット「OriHime」がカフェの店員として働き、実際にお客さんの接客を担当する。予約制のダイニングでは、それぞれのテーブルに小さな「OriHime」がスタンバイし、遠隔で操縦するパイロットがメニューの説明からオーダー、そして雑談をする。

予約なしで利用できるカフェでは、オリジナルコーヒーの「OriHimeブレンド」が楽しめる。おやつには、しっとりした食感がコーヒーに合うミニフィナンシェがおすすめだ。

コーヒーを片手に休憩するのもよし、ダイニングの様子を見学することもできる。

注文した商品を運ぶのも「OriHime」の役割だ。取材当日、バックヤードで「OriHime」同士がぶつかりそうになっていたのを見た担当者の方が、「あれはエンジニアが焦るやつです」と笑った。

ここではうまくいかないことにも価値を置く。そういえば、オリィさんの著書「ミライの武器」でも何度も「できないことに価値がある」と書かれている。

ハプニングが起こるから、問題点に気づける。できないことがあるから、まだ改善の余地があると分かる。小さな失敗をくよくよと引きずり、新しい挑戦に尻込みしがちなわたしは、急に視野が広がったような気がした。

物販コーナーにも「OriHime」がいる。ちょうど出勤中だったパイロットの「よりちゃん」とお話しすることに。

「こんにちは!」と挨拶してもらったのに、まだ状況が飲み込めなくてしどろもどろになるわたし。こちらの姿は「OriHime」に付けられたカメラではっきり見えるらしいけれど、認識がまだ追いつかない。

ああ、わたしは「OriHime」を介しても人見知りしちゃう性分は変わらないんだな…と、どぎまぎしつつ、いろいろ質問させていただいた。

今、よりちゃんは福岡の病院から「OriHime」を通じて出勤しているそうだ。この日の東京は土砂降りで出かけるのも一苦労だったけど、「OriHime」で出勤するパイロットは、パソコンにログインするだけで出勤完了。病室でバリバリ働いていると、看護師さんが気を使って静かにしてくれるそうだ。

趣味はキャンプ。体調がいいときは連れて行ってもらうし、そうでないときは家族が「OriHime」を連れて遠隔で一緒にキャンプを楽しむという。「移動するときは、車のいちばん景色がきれいに見える場所に乗せてもらうので、助手席へ座るより良い景色が見られるんですよ」と言う。

他にも、店内の奥にはバリスタロボットがスタンバイしている。ロボットをはさむように、小さな「OriHime」がふたりいる。

こちらはお客さんとパイロットの出会いから生まれたサービス。病気に冒され、バリスタの仕事ができなくなってしまったパイロットの「もう一度、家族にコーヒーを淹れたい」という思いを汲み取り開発されたもの。お客さんと遠隔でコミュニケーションをとり、好みに合わせたコーヒーを淹れられるように設計されている。土日は子どもたちにも大人気だそうだ。

このように、障害を持った方と健常者にある見えない壁を取り払う仕組みづくりを体感できる。

また、障害者にも優しい場所作りにも力を注ぐ。大きめの車椅子でも入れる広々としたバリアフリートイレに加え、食べ物を飲み込みにくい方にはとろみ剤を用意し、胃瘻の方にはミキサーの貸し出しも行い、外出が困難とされる人たちへの幅広いサービスにも配慮を忘れない。

このように書くと、対象者を限定したカフェで「自分には関係ない」と思う方も多いかもしれない。でも、それよりももっと開かれた雰囲気がある場所なのだ。新しいことにワクワクする人は、何も考えずにまずは行ってもらいたい。

もともと、この場所がオープンする前は「肉のハナマサ」だった。地元で買い物する方が集まる場所だったわけで、その流れか、近所に住むおじいちゃんがふらっと立ち寄ったりもするとか。お昼には近所で働く人たちがコーヒーを買いに来て、「OriHime」に話しかける姿も見えた。

わたしたちは、もっといろんな人と、距離も病気の有無も超えて、コミュニケーションできるのかもしれない。それはきっと、いい未来のカタチであることは間違いない。

 

■分身ロボットカフェDAWN ver.β
住所:東京都中央区日本橋本町3丁目8-3 日本橋ライフサイエンスビルディング3
公式サイト: https://dawn2021.orylab.com/

 

著者:チヒロ(かもめと街)
profile:あたらしい東京下町さんぽを案内するWebマガジン〈かもめと街〉主宰。年間500軒の店巡りでガイドブックに載らない場所やカルチャーをお届けしています。浅草育ちで下町が大好き。

かもめと街:https://www.kamometomachi.com
Twitter:@kamometomachi
Instagram:@kamometomachi

 

 

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