あの本とカフェへ。

vol.5 スパイスカレーの沼に落ちる

#連載エッセイ
#あの本とカフェへ。

連載エッセイ「あの本とカフェへ。」
大人気Webマガジン「かもめと街」を運営する、街歩きエッセイストのチヒロがサンクチュアリ出版の本を持ってお気に入りのカフェを巡ります。

スパイスカレーを作ったことがある人はどれくらいいるだろうか。

簡単なのに、店で食べる本格カレーの味。

そんな料理が自分の手から生まれると、自己肯定感が爆上がりする。

わたしの初・スパイスカレーチャレンジは5年前。

体調を崩して半年間、ほぼ引きこもっていた時期があった。大好きな外食もままならない鬱憤を晴らすべく、なんとなくハードルが高そうなスパイスカレー作りに挑戦することに。

スパイスカレーの第一人者・水野仁輔さんの本を手に取り、レシピにできるだけ忠実に従い、見事完成。

たった3つのスパイスで、風味豊かなカレーができた驚きが忘れられない。その日から3日連続作り続け、「そろそろ、カレーやめない?」と夫の一声で我に返った瞬間を覚えている。

動くことすらしんどく、外食もままならない中で「外食の味」を作れた経験は、暗黒の日々を強烈に照らした。

もちろん、バーモントカレーに象徴されるような、いわゆる「日本のカレー」だって大好きだ。

高校生の頃、我が家の献立にはバーモントカレーが週1で登場していた。

カレーライスの日は、張り切って深皿にごはんをたっぷりよそい、ごろりと入った大きなじゃがいもをスプーンで崩しながら食べるのが至福の時間。

もともと偏食だったが、カレーライスの日だけは、育ち盛りの男子のように深皿にモリモリとカレーとごはんをよそい、3度のおかわりがマスト。食べ過ぎておなかが痛くなった日もあったが、完全に自業自得である。白い琺瑯の鍋に入った、いまにも溢れそうなバーモントカレーに育てられたと言っても過言ではない。

20代の頃に通ったカレー屋がある。

高井戸の駅近くにあった「カレーと田中」という不思議な名前の店だ。田中、といっておきながら、シェフの名前は田中ではない。

店は何年も前にイタリアンに転向したのだけれど、今でもあの時のカレーを思い出す。

もともとイタリアンのシェフだったマスターが作るハンバーグカレーが仕事帰りのご褒美だった。通うたびにシェフや常連さんと仲良くなり、「今日は誰かいるかな?」と店の扉を開けるのが楽しみだった。

「なんでハンバーグカレーばっかり食べてるのに、そんなに細いの!」と常連の女性に、八つ当たりされて苦笑いしたことも覚えている。

あの頃は、毎日接客業でハードな暮らしだったせいか、深夜にハイカロリーなラーメンを食べてもまるで太らなかった。ああ、あの頃に戻りたい。

体は正直だ。

年を重ね新陳代謝が落ちた上に、昨今のコロナ禍のせいで、1年でなんと5kgも太った。

大好きなアイドル、リリカルスクールのminanちゃんのような、細く美しいくびれを目指していたはずなのに、くびれは消失の危機を辿っている。

こりゃ、マズい。

なにを食べても大してもたれることのなかった胃袋にも曲がり角がきた。

市販のルゥで作るカレーで、胃もたれする日がやってくるなんて。(大好きなのは変わりないです)

そこで、スパイスカレー作りを再開した。

参考にするのは、マンガでわかりやすくスパイスカレーの世界を届ける「私でもスパイスカレー作れました!」という本。

2020年には「料理レシピ本大賞 in Janan」で受賞した話題の本である。

なんでも、印度カリー子さんは、スパイスカレーを日本の国民食にしたいらしい。だからこそ、誰でも作れるところレベルに落とし込んだ説明に力を入れる。

このレシピマンガ、とにかくわかりやすい。するすると読み進められ、ちょっとした疑問点にもくまなく解説が入る。

例えば、「しょうがをひとかけってどれくらい?」とか。(親指の第一関節くらいまでが目安だそう)

料理が苦手な人には、そういう小さなことの疑問が積み重なり、大きなハードルを感じるだろう。今さら誰にも聞きづらい疑問をまるっと解消してくれる。

実はこいしさんは大学の後輩であり、何年も前から彼女のつぶやきを見ている者としては、料理に対してなかなかのコンプレックスを持っていそうだった。(いつも作った料理を「沼みたい」と表現していた)

そういう苦手意識がある人が作る本は強い。初心者の気持ちがわかる本は、まだまだ少ないように感じるからこそ、この本の存在が光る。

この本をどこで読みたいか考えてみたところ、高円寺の商店街にある「ネグラ」しか思い浮かばなかった。

スパイスカレー屋はどんどん増えていくけれど、「ネグラ」ほどいろんな意味で衝撃を受けたスパイスカレー屋はなかった。

「インドに行ったことがない店主が作るインドカレー」。

初めて「妄想インドカレー」という店のキャッチコピーを聞いたときから今まで、初めにコンセプトありきで店が始まっているものだと思っていた。インパクトがありすぎて。

だが、店主の大澤さんに話を聞くと、実は真逆だった。

日々の活動を見ていた友人のアーティストが「『妄想インドカレー』がいいんじゃん」と、アドバイスした。

南インドカレーがベースとなっているものの、世間一般には伝わりにくい。それを汲み取った友人が、ばちっとハマるキャッチコピーをつけてくれたという。その言葉に引き寄せられたのはわたしだけではないはずだ。

「ネグラ」のネーミングには、こんな思い入れがある。

子どもの頃、大澤さんは実家にあった茶室で友達と遊んでいた。秘密基地にみんなが集まってくるような、懐かしい思い出。

高円寺の街にも、そんなふうに仲間が集まる場所が作れたらいいな、という思いが名前に込められている。

店内を見渡せば、その片鱗がちらほら。

友人のイラストレーターが描いた壁画や、「妄想インドカレー」の名付け親であるアーティストが内装を手がけていて、「ネグラ」でしか味わえない独特の空間なのだ。

なぜ、「ネグラ」のスパイスカレーに惹かれるのか。

ここのカレーは、季節の野菜をはじめとする素材がメイン。スパイスが主張しすぎず、きっと初めての人にも食べやすいカレー。

日替わりカレーは、数種類のカレーにおかずをのせたワンプレート。

トッピングには、ほろほろの食感がたまらないタンドリーチキンをプラス。

カレーのお供には、「しびれるチャイ」を。
まろやかなミルクチャイには、じわじわと喉に刺激を与える山椒がピリリと効いている。

アイスチャイのグラスは、小千谷で見つけたワンカップ。気負わないように見えて、格好いいものはなんでも取り入れるスタイルがいい。

「ネグラ」のスパイスカレーは、個性を出そうという作り手の主張よりも、素材そのものを美味しくひきたてるように作っている気がして、そこに惹かれるのかもしれない。

決まったレシピ通りに作るより、手を動かして自分なりに掴む方が合うと話す大澤さん。

そういえばわたしも、「とりあえずやりたい!」という気持ちだけで走り続けてきた気がする。

もしかすると、「ネグラ」が心地いいのは、どこか自分と近しさを感じたからなのかもしれない。(非常におこがましいけれど…。)

スパイスカレーを通じて、街にみんなの秘密基地を作る「ネグラ」。

おもしろいと感じたこと、そして自身の経験から得られた知識をいかして自由なカレーを作る。
ハマればハマるほど、スパイスの魅力は尽きないそうで、いずれインドにも行きたいそうである。

「そうなると、『妄想インドカレー』じゃなくなるのかも……」なんて心配はいらない。

きっと、リアルインドの旅を通じて、さらにパワーアップした「ネグラ」ならではのカレーに出会える予感がする。それはそれで非常に楽しみだ。

スパイスカレーと聞くと、ちょっと身構えてしまうみなさん。

この世界は思った以上にやさしくて自由だけれど、想像以上に沼が深そうですよ。

■ネグラ (妄想インドカレー)
住所:東京都杉並区高円寺南3丁目48-3
※緊急事態宣言中のため、最新の営業日はSNSにてご確認ください

Twitter:https://twitter.com/negura_curry
Instagram:https://www.instagram.com/negura.curry/

 

著者:チヒロ(かもめと街)
かもめと街:https://www.kamometomachi.com
Twitter:@kamometomachi
Instagram:@kamometomachi

 

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