夜をめくる

vol.5 あけまして、

#連載エッセイ
#夜をめくる

想像していたものと全然違う2020年が、あと3時間で終わる。誕生日よりもクリスマスよりも好きな大晦日を、ひとりで過ごすのは27年間生きてきて初めてだった。笑ってはいけないバラエティ番組も国民的な歌合戦も、一緒に見て話をする人がいるからおもしろいのか。

この1年でわかったことが、もうひとつある。私は自分で思っていたより、ひとりで過ごす時間が得意じゃなかった。


朝ぎりぎりまで寝ていられるのも満員電車に乗らなくていいのも続いてほしい。面倒な忘年会も毎年なくていい。だけど、なるべく締め付けのない部屋着や化粧をせずに過ごす日ばかりが増えて憂鬱になってきた。


たっぷり時間があったのに大掃除をする気にはなれなくて、洗濯物がだらしなく干された部屋にテレビの音だけが響いている。

 

スマホを見るたびに、顔も思い出せない男たちから来年もよろしくのLINEが来ていた。今年もよろしくしていないのに、なんで来年をよろしくしないといけないんだろう。

それなのに、ほしい人からの連絡はない。遠い街のリゾートホテルで働く彼は、いまも仕事中だから。変更されてばかりのキャンペーン対応で毎日遅くまで働いて、感染のリスクと向き合いながらお客さんの笑顔のために働く彼を尊敬している。


だけど、さすがに寂しい。もうどれくらい会ってないんだっけ。このままじゃ彼の顔も忘れてしまいそう。簡単に声も聞けない、触れることもできない関係は、付き合ってると言えるのかな。

 

冷たい洗濯物でずっしり重たいIKEAの青いバッグを持って家を出た。せめて部屋の中のだらしない湿気くらい、年内に乾かしておこう。

最寄りのコンビニよりも近い距離にあるコインランドリーは、どの曲を聴くか選んでいる間に着いてしまう。いつも清潔でいつも空いてる店内は、8台ある乾燥機が7台回っていた。

 

近所に同じような考えでコインランドリーに駆け込む人が7人もいるとわかって、なんだか嬉しい。ひとりじゃなかった。チェーンの居酒屋、ファミレス、大きなドラッグストア、大きくない本屋があるこの街はちょうどいい。

乾燥するまでの40分間どうやって過ごすかぼんやりしていると、外から窓ガラスを叩かれる音がした。

 

「あー、やっぱそうだった。晩飯食べた?焼き鳥行かね?」

店内に入ってくるなり話はじめた。別れて以来久しぶりの再会で、なんでこんなに図々しいんだろう。びっくりして断るタイミングを逃してしまったじゃないか。

同じ街に住んでいるからいつか会うとは思っていた。だけど、もっと違う日がよかった。せめてスウェットじゃない日にしてほしかった。

いつも行っていた298円均一の焼き鳥屋は禁煙になっていて、もうすぐラストオーダーらしい。慌ててタッチパネルをバタバタと操作する姿は、2年前とちっとも変わってなかった。ビールとミックスジュースを交互に飲む変な癖も、綺麗な鼻筋も。なんでも話したくなってしまう安心感も。

 

「人によって頑張るタイミングと休むタイミングが違うだけ、比べる必要ないよ」

「身近な人たちが順調ってラッキーじゃね?もし身近な人たちが不安定だったら、自分が巻き込まれたり足を引っ張られるかもしれないでしょ」

近況報告もそこそこに悩みをこぼした私に、当たり前みたいな顔をして、私の欲しい答えをくれる。こうやって話をしていると、昔に戻ったみたいな気分になる。昔に戻りたくなってしまう。

マスクをしなくてよくて、行きたい場所に行けて、今よりお金はないけど責任が軽くて、ファミレスでパフェとポテトを分け合って、休みの日はふたりで何度も服を脱いだり着たりした頃に。

 

お会計のときにポケットからお金を出す姿を見て、いつもキャッシュレスで支払う彼を思い出した。比べちゃダメだ。なんだか急に、気づかないふりをしていただけだけど、罪悪感で胸が苦しい。

閉店時間が早くて助かった。近づきすぎない理由があってよかった。もしも、お酒や寂しさに流されてしまったら、私はもっと自分を嫌いになってしまうから。

コインランドリーまで送ってもらって、また機会があったらなんて言っていいのか考えていた。

「俺、年が明けたら地元に引っ越すのよ。だから、最後に会えてよかった」

 

最後に会えてよかった、どういうつもりで言ったんだろう。家に帰ってからも、そのことばかり考えていた。

テレビの音がだんだん騒がしくなる。時間を確認しようとすると、スマホが震えた。画面に映る名前を見て少しがっかりした自分に、ますます罪悪感で胸が苦しい。

きっと仕事を抜け出して電話をかけてくれたんだろう。出るのをためらっていると、電話は切れてしまった。私のことを大切にしてくれる優しい彼を、もっと大事にしよう。昔に戻りたいと思うのは2020年で終わりにしよう。

どこかで鐘の音が聞こえた。アイドルたちがメドレーを歌っている。私も最後に会えてよかったよ。元気でいてね。

あけまして、さようなら。

 

 

執筆:げんちゃん
モデル:原口玲花
撮影:Koshiro Kido

 

こちらのストーリーは、”続 多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。孤独も悪くない編”を題材にしました。


続 多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ。孤独も悪くない編 Jam(著)・名越康文(監修)

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