日本国内はもちろん、海外でも圧倒的な人気を誇る小説家、村上春樹さん。
しかし、もしあなたが「独特な世界観や、謎めいたストーリーをどう読めばいいのかわからない……」と感じているなら、それは読み方を変えるチャンスかもしれません。
人気文芸評論家・三宅香帆さんは、村上春樹さんの真のすごさは、「物語の内容」ではなく、読者を惹きつけてやまない「文体(文章のスタイル)」にあると断言します。
一体、その文体の「ひみつ」とは何なのか? 新刊『文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?』より、その核心を抜粋してご紹介します。
目次
村上春樹の音感力 〜読みたくなるリズムを使う〜
文章とは、リズム感だ!
という、運動音痴(私)にとっては絶望しそーな真理がこの世にはあります。ちなみに反復横跳びすらできない私は、小学生の時点でとっくにリズム感は諦めているんですけど。
しかし「文章とは、リズムだ」なんて一体どこの誰が言ってるんでしょう。いい加減なこと言いやがって、と思っていたら、この方。
はい出ました、世界的大作家・村上春樹先生!
かの村上先生が言うなら間違いない
……はず。文章にとって、リズムはすごーく大切なんですね。
文章のリズム。わかりました。いやでも、結局のところ文章のリズムってなんですか?
どうしたらリズム感が身につくんですか?
わかりそうで、わからない。「文章のリズム」というものについて一生懸命調べてみま
した。
ここはやっぱり村上春樹先生、御本人の小説を例文にしましょう。
『ダンス・ダンス・ダンス』というフリーライターを主人公にした長編小説です。
ここだけを抜粋しても、前後の文脈を知らなければ、一体なんのことを言っているのか
よくわからないはず。なのに、どうしてだろう。読みやすい。読めてしまいます。これはもしかしたら、「文章にリズム感がめちゃくちゃあるから」じゃないだろうか。
ここでためしに、村上春樹先生の『ダンス・ダンス・ダンス』を、もしもリズム感ゼロの人が踊ったとしたら、という妄想のもとに書き換えてみます(村上ファンのみなさま、どうか怒らないで)。
素人ダンサーバージョン
「音楽が鳴る間ずっと踊り続ける。おいらが言うことはわかる?
踊ろう。踊り続ける。
なんで踊るかを考えたらいけないし、意味を考えないほうがいいのは意味なんて元来ないからだ。そんな事を考え出したら足が停まるし、一度足が停まったらおいらは何もできなくなるだろう。あんたの繋がりは何もなくなる。永遠になくなるだろう。するとあんたはこっちの世界でしか生きていけないうえに、こっちの世界に引き込まれてしまう。だから足を停めたらだめなのだ」
はい、なんだか意味が通らない!
言ってることは同じなのに、ぐっと読みづらくなってしまった。
ていうか文章が頭に入ってこない。
一体なにが違うのか。それは「リズム」が違うんです。
ためしに声に出して、村上春樹バージョンと素人バージョンを読んでみてください。朗読しやすさが桁違いのはずです。
具体的に、村上春樹さんの文章を検証してみましょう。
秘密はここ。
「おいらの言っていることはわかるかい?
踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。」
という書き出しの箇所。一文が短く、リズミカルですね。なぜリズミカルに感じるかというと、文章の切れ目を数えてみれば、後半がだいたい「5音」「9音」でそろっているからです。
「おいらの(4音)言って(3音)いることは(5音)わかるかい?(5音)
踊るんだ。
(5音)踊り続けるんだ。(9音)何故踊るかなんて(9音)考えちゃいけない。(9音+ゃ)」
たとえば言葉のリズムについて、『言語学大事典』(亀井孝ほか編著)によると、こんなふうに説明されています。「ある発話において,音の強弱,高低,長短などに関する一定のパターンがくり返し現われ,個々のパターンに要する時間がほぼ等しいとき,そこにはリズムがみられる.」 と。
つまり言葉のリズムとは、「一定のパターンのくり返し」。そして村上春樹さんの文章は、言葉の切れ目ごとの音節の数が、ずっと一定なんです。
では(リズム感がない人は)どうすれば、いいリズムの文章を書くことができるのでしょうか?
生まれつきリズム感のない私のような人には、「一文を短くする」ことをおすすめします。
【ビフォア】
10年前に買ったバッグが破けてしまったので買ったお店に持っていったら、昔のモデルだから修繕できないと断られた。新しいバッグを買わなければと思うが、忙しくてなかなかめぼしいバッグを見つけられない。
↓
【アフター】
バッグが破けてしまった。
10年前に買ったものだ。買ったお店へ持っていくと「昔のモデルだから、直せへんよ」と言われてしまった。うーん、新しいバッグを買わなければ。
でも、忙しくてなかなかめぼしいバッグを見つけられない。
ほら、少しリズム感が出てませんか?
まずは一文をいくつかに切ってみました。一文を短くできれば、文章のリズムを調整しやすくなる。また、カギカッコを挟んだり、語尾や接続詞を換えることでもリズムをつけられます。
もちろん、長い文章でリズムを出すことも不可能じゃありませんが、短くしたほうが圧倒的に簡単にできるんですよ。ぜひ試してみてください。
まとめ リズムを意識した推敲が、読みやすさを生む。
1、同じ語尾を3回くり返す。
〜んだ。〜んだ。〜んだ。/〜しまう。〜しまう。〜しまう。/〜か?〜か?
それとも〜か?
2、長い文章を、二文、三文に切ってみる。
何故踊るかなんて意味を考えないで、音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。
↓
踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。
3、似た意味の文を、音数を増やして連続させる。
踊るんだ(5音)。→踊り続けるんだ(9音)。
4、後半部分をそろえて、連続させる。
何故踊るかなんて考えちゃいけない。→意味なんてことは考えちゃいけない。



