初の長編監督作『少女邂逅』(2017年)や、2019年日本映画批評家大賞の新人監督賞受賞など、20代という若さで注目を集める映画監督の枝優花さん。映画作品がどのようにつくられているのか、自分が心の底からやりたいこの見つけ方などを聞いてきました!
[聞き手:奥野 日奈子(サンクチュアリ出版 編集部)]
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目次
最初は演技をする側だった?
聞き手
枝さんは映画監督として活躍されていますが、きっかけはなんだったのでしょうか?
枝さん
実は、「映画監督になりたい!」と目指したことがないんです。
最初に私が強烈な映画体験をしたのは6歳のとき。映画館で観たスピルバーグ監督の映画『A.I.』でした。
その日からは、共働きで忙しい両親にたまに連れて行ってもらう映画館がすごく楽しみになりました。だからなのか、なんとなく映画や映像にはいい思い出があって、将来は映画に携われるといいなと漠然と考えていました。
聞き手
将来は映画に携わりたいほど映画が大好きだったんですね。
枝さん
それが、実はそうでもなくて。映画は好きでしたが、そもそも「映画以外の仕事」を知るきっかけが、私には少なかったんだと思います。
子どもの頃って、友だちと将来の夢について話すことが職業を知るきっかけになると思います。でも、引っ込み思案で友だちがあまり多くなかった私は選択肢が広がらず、映画という選択しか持ち合わせていなかったんです。
映画の仕事につきたいと考えていましたが、映画監督になるという発想は全然なく、単純に役者になりたいと思っていました。そこで小学生の頃からお年玉を使って、演技の教室に通いはじめました。
でも演技にハマらなかった。そのうち自分が演技をするというよりも、人の演技を見ることが好きなんじゃないかと気づきました。そこではじめて、演技ではなく、映画制作をやりたいと思いました。
聞き手
演技が、映画制作への最初の一歩だったんですね。
枝さん
演技をしていたからこそ気づくことができました。
そして大学生になって、インカレの映画サークルに入りました。そこではとにかく、映画の制作に関われること自体がうれしかったです。
そのインカレサークルである日、監督をやる予定だった子が急に来なくなってしまって。(笑)
ロケ地と撮影日は抑えている状態だったので、どうにか撮らないといけない状況で、紆余曲折あり、自分が監督をすることになってしまいました。
さらに人生初の脚本を書かないといけなくなりました……。
脚本作りを引き受けたのはいいものの、脚本のほとんどが台詞になってしまいました。さらに、映像で表現するべきか、言葉で表現するべきかどうかの判断もできずにと大変でした。
お芝居をやっていたからか、いままではお芝居中心で映画を観ていたんだなと痛感しました。
でもここが映画監督としての第一歩になりました。
監督として譲らない2つのこと
聞き手
枝さんが映画監督としてこれだけは譲れないことや、欠かさないことは何かありますか?
枝さん
「私ひとりで撮れるものは撮らない」「今しか撮れないものを撮る」ということは、いつも心にあります。この2つは譲れません。
まずは「私ひとりで撮れるものは撮らない」。
映画の制作は、役者さんはもちろん、全員がそのジャンルのプロの集まりです。自分が監督としてやりたいことを伝えたうえで、一人ひとりとコミュニケーションをとって意見を聞くことを大切にしています。
映画はひとりでつくるものではないので、このコミュニケーションなしでは進めません。
1を100に膨らませることは、ひとりではできないと考えています。プロの意見や提案を自分の脚本とすりあわせることで、相乗効果が出ると思っています。
あとは「今しか撮れないものを撮る」。
今の自分の年齢や環境、生活だからこそ撮れるものがあると思っています。そこを見逃さないようにしたいですね。
聞き手
実は、枝さんの作品、『少女邂逅』のファンなんです! そういえば、この作品をつくられた際に「今しか撮れないから撮った」と仰っているのが印象的でした。「今=20代」にしかつくれないものってなんでしょうか?
枝さん
私の考えですが
10代は義務教育でガチガチ
20代は多様でぐちゃぐちゃ
30代は自分が固まってくる
と思っています。
20代はアイデンティティがある程度わかってきた自分と、向き合うのがおもしろいんです。
でも、技術的にいちばん中途半端で未熟なタイミングだからこそ、仕事でも恋愛でもぶっ叩かれたり、ニュースを見て社会に絶望したりする。それでも少しずつ成長していく自分を感じられるのかなと思います。
多くの方々がそうだと思いますが、私自身も色々と迷って、折られて、ボロボロになってきました。
でも、20代だからこそ乗り越えられる、なんでもできると思っています。
自分と向き合って、今感じるものを作品にしたい。
そう思うようになってきました。
それは、ビジネスでも同じことだと思っています。
この作品に私がキャスティングされた意味を考えて、今の私だからできることと役割を理解しながら向き合うことを意識しいる。自分のやりたいことをやれるようにするということがビシネスにおいては大切だと思っています。
すべてを譲ることは「誰でもできる仕事」になってしまい、結果的に私がキャスティングしていただいた役目を果たすことができないので。
聞き手
どんな仕事にも共通している考えですね。そう考えるだけで、いつもの仕事がもっと特別なものに感じます。
やりたいことに悩んでいる人に伝えたいこと
聞き手
大学時代、映画サークルに入って監督も務めるということは、非常に強い目的意識を持っていないとできないことだと思います。そんな枝さんから、将来に悩んでいる人へのアドバイスがあれば教えてください。
枝さん
大切だなと思っているのは、「やりたいことで生きていく」ではなく「やりたくないことで生きていかない」ということです。
経験がないなかで、手持ちの選択肢からベストを選び取ろうとすると、途方もなくて、足踏みをしてしまうことが多いと思っています。
だから、まず消去法で「絶対に許せないこと」を考えて、徐々に自己理解を進めていく。そのなかで、いちばんやってみたいことを見つけられるのがいいかなと思います。
そこで見つけたいちばんやってみたいことは案外、キツくても20代だから乗り越えられる、なんでもできるって思います。
体力的にも無茶できますしね(笑)
20代は社会からいちばん、いい感じに許されている気がします。お金は稼げるから、やりたいことはできるし、どこへでも行ける。
茨の道かもしれないけど、やるなら今がベストじゃないですか。
これから叶えたいこと
聞き手
枝さんがこれから作ってみたい作品や、叶えたい夢はなんでしょうか?
枝さん
この質問とは趣旨がずれてしまいそうですが……。(笑)
映画監督としてあれがやりたい、これをしたいってあまりなくて。
具体的にこういう作品を作りたいというよりは、作品を通して、観てくれている人とコミュニケーションを取りたいと思っています。国や文化が違う作品でも、その作品が自分の救いになることがあるなと思って。
言語は通じないけど届くものがあると感じています。伝えたいことが届くことが自分にとって大きなよろこびなので、それをこれからも叶えていきたいです。
ただ、今は映画監督が楽しいからやっているけど、一生続けていこう! という考えは持っていません。
今、自分が何に対して幸せを感じるかということに着眼点をおいていて、最善の幸せを見つけていきたいです。
枝さんにとって映画監督とは!?
枝さん
またまた難しい質問ですね(笑)
映画監督は自分にとっていちばんうまくいかないことなんです。
なんとなくの要領すらつかめないから手が抜けないし、うまくいかなくて毎回すごくヘコむし。
そんなうまくいかない自分に劣等感も感じます。
人と比べているわけではなくて、自分のなかでの理想になかなか追いつけない自分に欲求不満のイメージですね。
でもそれが私の創作意欲につながっている。
劣等感って諦めないから感じることだと私は思っています。
ただ、劣等感に向き合い続けることは本当にしんどいこと。
それでも向き合えば向き合うほど、おもしろい作品ができるなと思っています。
枝さんイチオシ映画作品
聞き手
枝さんが、この人はヤバい! と思う映画監督さんや作品はありますか?
枝さん
たくさんいますが、グザヴィエ・ドラン監督です。
映画『mommy』『わたしはロランス』が代表作で、彼の作品のファンです。
彼が19歳のときに撮った『マイ・マザー』を、私は17歳のときに見て救われました。
自分が撮らざるを得ないから撮ったような、使命感を感じる作品で本当に衝撃を受けました。
SNSをフォローされてメッセージをもらったこともあります。
なにかの間違いかと思いました(笑)。でも間違いではなかったようで、うれしくてたまりませんでした。すぐに自分の映画のURLを送りました!
今日のまなび・まとめ
「私ひとりで撮れるものは撮らない」「今しか撮れないものを撮る」「やりたくないことで生きていかない」という思いを胸に活躍されている枝優花さん。
その気持ちがあるからこそ、今いちばん喜びを感じられる映画監督という仕事に情熱を注ぐことができるのだと感じました。
強い信念を持って、自分がやりたいと思えることを見つけるのってすごく難しく感じます。ですが、まずは自分がうれしいと感じる瞬間に目を向けると、一歩ずつ「やりたいこと・夢中になれること」に近づいていけるのかもしれません。
[写真:千葉悠 執筆:奥野 日奈子(サンクチュアリ出版 編集部)]
枝優花 1994年生まれ。群馬県出身。 2017年初長編作品『少女邂逅』を監督。 主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎え MOOSICLAB2017では観客賞を受賞、劇場公開し高い評価を得る。 香港国際映画祭、上海国際映画祭正式招待、バルセロナアジア映画祭にて最優秀監督賞を受賞。2019年日本映画批評家大賞の新人監督賞受賞。 また写真家として、様々なアーティスト写真や広告を担当している。