私が著者になるまで

精神科医が教える、今日からできる「感情に振り回されない30の行動リスト」 須田賢太

#私が著者になるまで

心がモヤモヤして苦しいとき、どうしていますか? どうすればいいかわからず苦しい思いを引きずったり、ほかの人にあたってしまったり……そんな人のための本が、『メンタルヘルス大国アメリカで実証された 心がモヤらない練習』(サンクチュアリ出版)です。著者で精神科医の須田賢太先生に、この本が生まれた背景やおすすめの読み方をお聞きしました。

感情が不安定になりがちな人に実践してほしい「30の行動リスト」

 

聞き手
この本は、アメリカ発祥の「DBT」という心理療法がベースになっているんですよね。どんな心理療法なんですか?
DBTは、日本語では「弁証法的行動療法」と言って……
須田
聞き手
べ、べんしょうほう……?
聞き慣れないですよね。言葉の意味はさておき、このDBTは、境界性パーソナリティ障害に効果があると世界で初めて科学的に立証された治療法なんです。
須田
聞き手
世界で初めて! すごい。境界性パーソナリティ障害はどんな疾患なんですか?
「恋人から見捨てられた」「友だちに拒絶された」と感じるなど感情を刺激される出来事があると、圧倒されるような感情に飲み込まれてしまい、衝動的な行動をしてしまうという症状が特徴です。相手を攻撃してしまったり、自分を傷つけてしまったり。そのため対人関係をうまく築けない傾向にあります。
須田
聞き手
先生のクリニックでは、実際にDBTプログラムを用いて治療をしているんですよね。
はい。DBTは、自分の心の状態を知ってコントロールしていくための方法です。境界性パーソナリティ障害の患者さんはもちろんですが、感情が不安定になりがちだったり、コントロールすることが苦手だったりする方達にも、ぜひ知ってほしい方法なんです。
須田
聞き手
本では「30の行動リスト」が紹介されていますが、とくに役立ちそうなもの、実践してほしいものはありますか?
マインドフルネスをきちんと練習する人のほうが効果が出やすいので、マインドフルネスはコツコツ練習を続けてほしいところです。あとは、どれもわかりやすく噛み砕いているので全体的に取り組んでみてほしいですが、自分がやりやすそうなものからでいいと思いますよ。実際のDBTは、複数の患者さんでグループになってみんなでプログラムに取り組んでいくのですが、この本ではひとりでも取り組みやすいように具体例をたくさん掲載しています。
患者さんの反応がとくにいいのは、対人関係を維持しながら自分の望みを叶えるための方法『DEARMAN』や、『応援メッセージ』『コーピング思考』などですね。
須田
聞き手
確かに、それぞれの行動リストに具体例があるので、「自分の場合はこうだな」ってイメージしやすいです。
いざ感情が不安定になったときにも実践できるくらいにまでスキルを身につけるには、紙に書き出すことがおすすめです。例を参考にしながら自分のケースを何パターンも書き出して、何度も何度も見返すことです。書く作業は大切です。
須田
聞き手
まるいがんもさんが描かれた、ひつじの羊子ちゃんの4コマ漫画もわかりやすいです。
ほのぼのした雰囲気でホッとしますよね。各行動リストの最後にまとめのような形で漫画があるので、頭の整理になるし、先に漫画から読んでもいいと思います。
須田
聞き手
ちなみに、実際のプログラムはグループで取り組むとのことですが、どんな感じで進んでいくんですか?
他の人の例が何パターンも聞けるので、参加している方はうなずいたり、真剣な面持ちで聞き入ったりしていますね。実際の治療では、治療者からフィードバックをもらって、新たな気づきを得たり、どのタイミングでどのスキルを使うかなどを深めたりしていくことがポイントになってきます。
須田

わかりやすくて実践しやすいDBTの本を書きたい

 

聞き手
先生がこの本を出したいと思ったきっかけを教えていただけますか?
境界性パーソナリティ障害の方がもっといい治療を受けられるようにしたい、という思いからです。実は、日本の保険診療体制はアメリカと異なるので、DBTを取り入れているクリニックは日本では極めて少ないのが現状です。日本の保険診療体制に合わせてアレンジする必要がありますし、専門的研修を受けるシステムも日本にはありませんので。
須田
聞き手
DBTに関する翻訳書もあるようですが、パッと見ただけでも難解そうでした……。
治療者が読んでも難しいくらいなので、一般の人が自力で読んで理解するのは至難の業だと思います。
だから、わかりやすくて実践しやすいDBTの本を書いて、境界性パーソナリティ障害の方に治療のとっかかりを作ってもらいたいと思っていました。わかりやすい本があれば、治療者が近くにいない地方の方などにも役立ててもらえますし、診断はつかないレベルだけど感情が不安定で生きづらさを抱えている方達は本を読むだけでも改善が見られる可能性があります。あとは、医師やカウンセラーにもぜひ読んでいただき、DBTのエッセンスを治療に取り入れてほしい。そう思っていたんです。
須田
聞き手
そこに編集者の奥野さんからオファーが来たと。
ありがたいことに。渡りに船でした。ただ、企画を社内で通すのに1年くらいかかったようで。DBTがほかの心理療法とどう違うのか、具体的にどう取り組んでいけばいいのかを、社内で理解してもらうまでが大変だったと聞きました。その間、奥野さんと何度もやりとりして、企画を詰めていって……。
須田
聞き手
その過程があったからこそ、こんなにわかりやすく具体的な本になったんですね。
DBTの専門家向けの翻訳書は本当に難解で、患者さん向けのワークブックも結構難しいです。だからクリニックでプログラムを実施するときは、私なりに噛み砕いて、難しすぎる方法はほかの方法で代用するなどしたわかりやすい資料を用意していました。
今回の本は、それをもとにさらに噛み砕いた内容になっています。それでいてDBTのポイントを大方カバーできているので、気軽に読める本格的な本に仕上がったと思っています。
須田
聞き手
先生の患者さんはこの本をご覧になっていますか?
クリニックに置いているので、見てくれた方もいるようです。プログラムを修了した方からは「これを読めばいい復習になりますね」と言っていただいたりしています。
須田

感情に振り回されない、充実した人生を送るために

 

聞き手
コロナ禍などさまざまな社会情勢があるなかで、近年の精神疾患の傾向などはありますか?
コロナ禍では、経済的困窮によるストレスに起因したうつ病や、在宅ワークが増えたことによるアルコール依存症や神経性過食症(過食嘔吐)の悪化などが増加した印象です。私のクリニックの患者さんは、境界性パーソナリティ障害と大人の発達障害が半数を占めるので、時世によって患者数が増減したりすることはあまりありません。
須田
聞き手
日々治療にあたる精神科医の先生が心を消耗してしまうことはないんでしょうか……?
DBTを開発したアメリカのリネハン博士が「自分の限界点を知ることが大事」と言っていて、私もそれを意識するようにはしています。大変な患者さんだからといって放り出すようなことはしないと思っていますが、治療の過程であまりにつらい接し方をされてしまうと自分が燃え尽きてしまいかねないので、自分の限界点を知って患者さんにも伝えるようにしていますね。DBTにも、治療者が燃え尽きないように治療者同士でDBTを施し合うプログラムが組み込まれています。
須田
聞き手
なるほど。治療を効果的に継続するために、治療する側にも配慮したプログラムになっているんですね。
リネハン博士は「境界性パーソナリティ障害の患者さんを診るなら、境界性パーソナリティ障害を好きになりましょう」と言っています。もちろん、恋愛とは違いますよ(笑)。患者さんと交際するような関係になったらアメリカではライセンス剥奪です。そういう意味ではなくて、向き合っていけば好きになれる部分がどこかにある、良いところを探してあげようということだと思うので、私たち治療者がそういう姿勢をもつことも重要だと感じています。
須田
聞き手
DBTを日本で浸透させていくために、先生が今後取り組んでいきたいことはありますか?
この本をとっかかりにDBTに取り組む医療者が増えていけばいいですね。自分のクリニックのカウンセラー達にも順々に取り組んでいってもらっています。精神科病院での研修や、地域の保健所・保健センターでの講演を通じて保健師へDBTを詳しく解説する活動はこれまでやってきました。なかなか時間が取れないですが、この活動も細々と続けていきたいですね。日本の保険診療体制では難しい面もありますが、エッセンスだけでも取り入れていただくことができれば、救える患者さんがいると思います。
須田
聞き手
最後に、この本を手にとる方へメッセージをお願いします。
感情が不安定になりやすいと、どうしていいかわからなくなることも多いですよね。この本では、どうすればいいかを明確に紹介しているので、今日からさっそく感情コントロールに取り組んでいただけると思います。
日常でどんどん使って練習していけば、必ずいい方向に向かいます。さらに、一度身につけば習慣化して、感情に振り回されない人生を送れるようになっていきます。今後の人生をもっと充実したものにするためにも、ぜひ「30の行動リスト」を実践してみてください。
須田

<取材・文 三橋温子>

須田賢太(すだ・けんた)
精神科医・目白メンタルクリニック院長。
治療効果が科学的に立証された精神療法である弁証法的行動療法(DBT)や認知行動療法(CBT)に専門的に取り組む目白メンタルクリニックを開設し、それらが日本で広く普及するように活動。精神神経学会認定専門医・精神保健指定医。

メンタルヘルス大国アメリカで実証された 心がモヤらない練習 著:須田賢太 / マンガ:まるいがんも

メンタルヘルス大国アメリカで実証された 心がモヤらない練習

著:須田賢太 / マンガ:まるいがんも
定価:1,250円(税込1,375円)
詳しくはこちら
アメリカで生まれたDBT(弁証法的行動療法)という、境界性パーソナリティ障害に効果があると世界で初めて科学的に立証された治療法を、わかりやすく噛み砕いて、実践しやすい内容で紹介しています。