小久保 尊 ライフスタイル

アニメとワインのマリアージュでできた「世界一かんたん」なワイン本/小久保 尊

#ライフスタイル

ぶどうの品種をかわいいイラストで擬人化、ワインに関する素朴な疑問を解き明かす『図解 ワイン一年生』。2015年の発売からすぐに「今までなかったワイン解説本」と話題を呼び、10万部突破のロングセラーに。ワインに魅せられ、ワインバーのオーナーとなった小久保 尊さんが本書を出版するまでの軌跡を聞いた。


誰からもモテる正統派イケメンのカベルネ・ソーヴィニヨンに、オッドアイが神秘的な孤高のお嬢様ピノ・ノワール。みんなのアイドル・金髪のシャルドネちゃんにツインテールのツンデレ娘リースリング。ワインがよく分からないフツーのサラリーマンが迷い込んだのは、なんと「ぶどう」たちが学園生活を送る異世界だった!

……これだけ聞くと「一体、何のアニメ?」と思うかもしれないが、実はれっきとしたワインの解説本。ソムリエの小久保 尊さんが手掛けた『図解 ワイン一年生』は、かわいいイラストの漫画とくだけた語り口の本文を交互に読み進めるうち、いつの間にかワインの基本が分かるようになる「初心者にやさしい」ワインガイドだ。

アニメ好きのお客さんとの「擬人化トーク」がきっかけ

千葉・船橋市でワインバーを経営する小久保さんが、本を書くことになったきっかけは、あるお客さんとの会話だった。

「お店をやっていると、ちょうど帰宅するのがテレビで深夜アニメをやっている時間帯。自然と詳しくなっちゃうんですよね、アニメに。常連のお客さんでワインのインポーターの方がいて、僕との共通点は“アニメ好き”。ワインを飲みながら『この品種はツンデレだな……!』とか言い合うキモチワルイ会を夜な夜な開催していたんです(笑)」。実はワインやぶどうを人に例えて表現することは、ワイン業界では珍しくないこと。「昔から女優に例えたりね。だからアニメ好きがワインの品種を現代のアニメキャラに例えるのは、決して突飛な発想ではないんです」と笑う。

お客さんと「ぶどうの擬人化トーク」で盛り上がるうち、いつしか細かい設定ができあがり、「一度、本当の絵にしてみたい」と思うようになっていた。絵が描ける人を探していると友人が「うちの姉ちゃん、イラスト描けるよ」と声をかけてくれ、出会ったのがイラストレーターの山田コロさん。「細かい設定を話すとあっという間に絵を描き上げてくれて、その出来がすばらしかったんです」。一目見ただけでぶどうの特徴を直感的にイメージできるイラストを見て、「個人で楽しむだけではもったいない」と本にしてみたくなったという。

そこで光るのが小久保さんの行動力だ。持ち込み企画に対応してくれそうな出版社を探して自ら企画書を書き、イラストを添えて郵送した。「企画書なんて書いたことないから、ネットでフォーマットを調べて書きました。簡単に出版できるとは全く思ってなくて『本出せたらいいな〜』くらいのユルい感じでしたけど、送って3日後くらいに編集部から電話があって。すぐに返事が来たのでびっくりしました」

“萌え度”が高かった初期イラスト

編集者との打ち合わせで、まず指摘されたのはビジュアル面。「読者から絵がかわいいと言ってもらえてうれしいんですが、実は当初はもっと頭身も露出度もばっちり高くて……要するに“萌え度”が結構高かった。自分では気に入ってたんですが、ワイン好きのハードルを下げたくて出す本なのに、そっちでハードル上げちゃダメだな、と(笑)」

絵柄を大幅に変え、「最初は全員女の子だった」というぶどうのキャラクターも男女取り混ぜて描くことに。「『カリニャン』っていう品種は『ちょっと不良っぽいオス猫』で表現しているんですけど、これも初めは女の子だったんです。でも女の子で猫キャラだと、萌え度が高すぎる。じゃあカリニャンは男子にしましょうよ、とかね」。イメージ的に男くささのあるマルベック、スペインの伊達男的なテンプラリーニョも男性キャラクターになった。

イラストについては「山コロさんに相談しながら、尖った表現をよりマイルドにしていく作業でしたね」と振り返る。アニメファンだけでなく万人に受ける親しみやすい絵柄やバランスを追求した結果、男性はもちろん女性読者からも支持され、ヒットにつながった。

キャラクター化したぶどうの品種はざっと34種類。描き分けするためにエクセルで表を作ってキャラクターを整理した。「髪の色、性格とか細かい設定を一覧表にして、属性がカブらないようにしました。ツインテール、ツンデレ、双子……メガネっ子に“男の娘”もいます。いろんなキャラを出すことで、ぶどうの品種も色々あるんだよ、ということを伝えたかったんです」

「ワインがあまり好きじゃないという人こそ、この本を手に取ってみてほしい」と小久保さん。「ぶどうの品種だけでなく、産地や作り手、ビンテージによっても味わいがまったく異なるのがワイン。本に掲載したぶどうの品種だけでもこんなに色々あるんだから、何か一つはきっと自分に合うものがあるはず」。ぶどうの品種=主要キャラの特徴さえつかんでおけば、自分がどんなタイプのワインが好みか分かるようになり、もっとワインを楽しめると語る。

ソムリエ的な「カッコよさ」は捨て、面白さと分かりやすさ追求

ワインバーを経営しながら「とにかくワインを飲む敷居を低くしたい」と思い続けてきた。あまり飲まない人にとっては「マナーやルールが面倒くさそう……」というイメージがあるワインだが、小久保さんのスタンスは一貫して「他のお酒と同じように、好きに飲めばいいじゃん!」

「例えば古くてすっごく高級なワインだったら、温度管理や飲み方なんかもこうしたほうがいいよ、っていうのはあるんですけど、1000〜2000円台のワインなら好きなように飲めばいい。すぐに冷やしたいなら氷を入れてロックにしてもいいし、炭酸で割ったっていいんです。家での普段飲みワインは、もっと“雑”に楽しんでもいいと思います」

10坪ほどの店内は、どことなく家庭的な雰囲気がある

数あるワイン解説本と一線を画すのは、軽妙な語り口とビギナーに寄り添った目線。時にはアニメネタを交えながら、混乱しがちな「ぶどうの品種」や「産地」についてはもちろん、今さら聞けないラベルの読み方や価格の目安、保管の仕方から残ったワインの利用法まで、分かりやすく丁寧に解説してくれる。

「本文を書く上で心がけたのは、“ソムリエ的なカッコよさ”を捨てること。ソムリエが本を出す、っていうと、普通はもっと表現なんかもプロっぽく、カッコいいのを作りたくなっちゃうと思うんですよ。でもその部分のプライドは捨てて、分かりやすさと読みやすさを優先しました」

企画を持ち込んでから出版に至るまで2年。ワインをもっと知りたい人だけでなく、アニメが好きな人も思わず手に取ってしまう画期的なワインガイドが誕生した。

最初からラスボス登場!? ワインの奥深さにハマる

そんな小久保さんとワインの出合いは大学時代。当時から「卒業したら飲食店を経営したい」という夢があり、船橋市にある老舗バー系列店のダイニングバーで経験を積むため、アルバイトをしていた。

「ソムリエがいる店だったんで、ワインを注文するお客さんも多かったんですね。あるとき、ワイン好きのお客さんが『ラ・ターシュ』という超高級ワインをちょっと飲んでみない?って分けてくれたんです」。一口飲んだ感想は「うーん……確かにスゴい感じはするけど……正直よく分からん!」。まだハタチそこそこ、ワインを飲み始めたばかりの小久保さんにとっては「いきなりラスボス行って瞬殺された感じ(笑)」だったという。

ワインの最大の魅力は、飲み手の人生の経験値がそのままワインの味に反映されることーー著書でそう語る小久保さんは、働きながら様々なワインに触れるうち、徐々にその魅力と面白さにのめり込んでいった。目標は「ソムリエ資格を取って、自分の店を持つこと」。大学を卒業しても、サラリーマンになることは最初から選択肢になかった。「“やりたいことをやって稼ぎたい”って大学時代から思っていました。『自分の好きなことができれば、食っていけるくらいで十分』という人もいるけど、それでは嫌だった。好きなことを仕事にして、それで儲けたいし成功したい!という野心が昔からありました」

ガールズ・バーで働きながらソムリエ資格を取得

卒業後も同じダイニングバーでしばらく働いていたが、激務でソムリエの勉強をする時間がなかなか取れない。「今の働き方で資格を取るのは無理だな」と感じて転職を考えていた矢先、新規開店するバーの募集を見つけた。

「話を聞きにいったら、なんとガールズ・バー(笑)。店を始めようとしていた人がお酒のことを全く知らなかったんで、メニューを考えたり、立ち上げに協力することになりました。無事にお店はオープンしたんですけど、働いている女の子たちにお酒の作り方をある程度教えたら、後はやることがあんまりない。おかげで、仕事中もソムリエの勉強がはかどりましたね」

ソムリエ試験の最初の難関は筆記試験。それを通過して初めて二次試験のテイスティングや口頭試問に進むことができ、三次試験はワインの抜栓やデカンタージュなどのサービス実技となる。最終的な合格率は30〜40%という狭き門だ。地名や村名、シャトーの名前はもちろん、ワインの歴史、品種、生産国など覚えるべきことは山ほどある。空いた時間にはスクールに通い、ひたすら猛勉強する毎日だったという。その甲斐あって、約10カ月間の試験勉強で見事ソムリエ資格を取得。まだ25歳のときだった。

※編注:小久保さんが受験した当時、ソムリエ試験は二次試験までで、一次試験が筆記、二次試験が口頭試問、ブラインドテイスティング、サービス実技でした。

20代でワインバーをオープン 「失敗するなら早いほうがいい」

ソムリエ資格を取ってからはガールズ・バーを辞め、他店で3年間働きながら独立の準備資金を貯めた。「何歳までに店を持ちたい」とメドは決めていた?と聞くと「店を持つなら早ければ早いほどいい、と思っていた」とキッパリ。「もし失敗しても、若かったらやり直しがきく。ダメだったときのことも考えて、一人で回せるくらいの大きさの店舗を探しました」

地元・船橋市で店を開きたいと思っていたが、なかなか希望に沿った店舗がなく、物件探しは難航した。「金曜の夕方、候補の店の前に座って人の行き来を見てみることにしたんです。JR船橋駅から徒歩10分くらいだから厳しいかなーと思っていたんだけど、思ってたよりも人通りがあるし、『ぜひ飲みに来てほしいな』っていう雰囲気の方もチラホラ通る。7時間くらいずーっと見てたかな。それで決めました。今は髪型もボウズでさっぱりしてますが、当時はロン毛のやべー奴だったんで、7時間も座ってて、よく通報されなかったなって思います(笑)」

2011年、念願のワインバー「ワインと肉 COQ DINER」をオープン。目指したのは「来た人が“ちょい幸せ”になって帰れるような店」だ。隠れ家ふうの温かみのある店内は小久保さんの人柄そのまま、気取ったところがなくホッとする雰囲気。「肉バル」が本格的なブームになる前から「ワインと肉とチーズ」を看板にして、瞬く間に人気店となった。翌年には二号店となる「立ち呑み 燻製COQ DINER 離-HANARE-」もJR船橋駅近くに開け、30代を迎えるまでに2店舗のオーナーとなった。

お客さんは地元の人たちが中心だったが、『図解 ワイン一年生』を出版してからは、遠方からもファンがバーに訪れるように。「東京での用事のついでに、って北海道からウチの店に寄ってくださったお客さんもいました。中には『このお店に来たくて仙台からやってきました!』って方もいて、びっくりしましたね」

日本の「ワイン好き」の裾野を広げたい

一般の読者だけでなく、小売店からの反響が大きかったのも「うれしい誤算」だったと語る。2016年にオープンした東京・立川市のMEGAドン・キホーテ立川店のワイン売り場では、ワインと『図解 ワイン一年生』とのコラボレーションという試みも。ワイン売り場に書籍を並べ、作中のキャラクター(ぶどうの品種)を使ったワインやそれに合う料理と共に展開した。

「まさか書店以外でこんなふうに大々的に扱ってくれるとは思いませんでした。その後もドンキさんではボジョレー・ヌーヴォーの解禁シーズンに合わせて、ボジョレーに使うぶどうの品種『ガメイちゃん』がワインを紹介する動画を作っていただいたり。山コロさんは好きな声優さんにガメイちゃんの声を当ててもらって大喜び(笑)。他にもワインを扱っている企業さんの新人研修に使っていただいたり、ワインを売る側からもポジティブな反響があったのは予想外でしたね」

最後に小久保さんに「これまで飲んできた中でのベストワインは?」と聞いてみたところ、「選べないです!」と即答。「よく聞かれる質問なんですけど、おいしいワインって、シチュエーションに合ったワインだと思うんです。家のバルコニーで桜を見ながら飲むならロゼや自然派のワインがいいかな、とか。マックのテリヤキバーガーにアメリカのカベルネかメルローを合わせたいな、とか。汗ばむような暑い日には、キンキンに冷やした微発砲のヴィーニョ・ヴェルデをさらっと飲みたいなとか……」。「日本一の庶民派ソムリエ」からは、聞いているだけでワインが飲みたくなる答えが返ってきた。

(取材・文/澤田聡子)


小久保 尊(こくぼ・たける)

1983年、千葉県船橋市生まれ。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。「ワインと肉 COQ DINER」のオーナーソムリエ兼シェフ。
大学時代、アルバイトしていたダイニングバーでワインの魅力に開眼、ソムリエ資格を目指す。2008年にソムリエ資格を取得し2011年に「ワインと肉 COQ DINER」、翌年に「立ち呑み 燻製COQ DINER 離-HANARE-」をオープン。
2015年、イラストレーターの山田コロさんとタッグを組んだ『図解 ワイン一年生』(サンクチュアリ出版)がベストセラーに。
2018年には「チーズプロフェッショナル」資格も取得、現在山田コロさんと共に『ワイン一年生』の続編となる「チーズ」の解説本を執筆中。

図解 ワイン一年生 小久保尊(著) 山田コロ(イラスト)

図解 ワイン一年生

小久保尊(著)
山田コロ(イラスト)
定価:1,200円(税込1,320円)
詳しくはこちら
ワインの品種を擬人化することで、難しいワインの味をわかりやすく説明したまったく新しいワイン入門書