私は美人だ。
そう本人が言うと、必ず、そんなことない、ギャーギャーみたいな人が湧いてくるのは知っているのだけど、大前提として私の美人さはあまり写真には写らない。
肌の綺麗さ、骨格の良さ、全身バランスの良さなどが、生で見た時にどデカいインパクトを放って「美人…!」と評価されるタイプなので、会ったこともない人はとりあえず黙ってほしい。
顔も、好みじゃない人はもちろんいるだろうけど、美人か普通かブスかなどのふるいにかけたら、間違いなく美人の分類に入る。私自身が自分の顔をどう思うかすら関係ない。
甘いか苦いか酸っぱいか、とかと同じくらい、美人かどうかの基準は定められたものがあって、たんに私の顔の造形は美人の条件を満たしている。




目次
美人のたしなみ
以前、「これは美人の嗜みだ」というようなことを述べた際に、「美人の嗜みについてもっと知りたいです!どんなバリエーションがあるのか、想像もつかない!興味深い!」という反響があった。
美人というのは、美人というだけで相手をけっこう緊張させる。美人という一点だけで、なぜか、格式高く評価されて、「自分なんかが話しかけていいのかな」とか思わせる。あと、「気安くそんなこと聞いちゃいけないよな」と、個人情報を普通以上にセンシティブに扱われる気配もある。
なので私は、自分から話しかけるようにしているし、自分から際どい話をするようにしている。
そうして「え、この人に、こういう話題を振っていいんだ」「まじか、こんなフランクなんだ、そんなことまで話してくれるんだ、ってことはこういうことも聞いて大丈夫そうだ」とかって、安心してもらえるようにしてる。
なぜか、と言ったけど、その心理は美人である私自身も、別の美人やイケメンに対して抱くことがあるので、気持ち自体は普通に理解ができる。
フツー面の中に急にポツンといる美しい人っていうのは、そう見える。分かる。
私はもともとモデル出身であり、今も芸能関係者との繋がりが少なくないので、美男美女の知人友人は多いし、その人たちと会う時にいちいち緊張したりはしない。美男美女は群れになると、別に緊張させてこない存在となる。コミュニティの顔面偏差値が高いと、それはただの普通となる。
しかし、それこそ学生時代とか、学校の中には基本的に美しい人はいないので、ポツンといるとやっぱりすごく特別な生き物に見えるし、今で言えば、友達が美人でも何も思わないけど、幼稚園の保護者の中に急にポツンと美人がいたら、それは独特な圧力のようなものを感じる。
私も、多くの場所でそれを放っていると思われる。
だからそのつもりで接する。美人であることが奇異となるコミュニティに参加する時は、存在感の圧力をコミュ力で打ち消しにいく。
「どうせ美人は自分に興味ない」とか「美人な人にこんな話をしたって退屈されそう」とかも思われやすいので、自分から、興味のある話題を振って相手のことを掘りに行き、笑いのツボにハマる部分を見つけて爆笑するようにもしている。
美人は美人というだけで人を緊張させるし、萎縮させる。気を楽にしてもらう工夫は、結構している。



