わたしを切り替える、1分の空

空を見ていたら、心がほどけた。

#連載エッセイ
#わたしを切り替える、1分の空

そこで、空の登場です。
空を見上げると、視線が遠くへ移ります。
首が起き、胸が開き、呼吸が入りやすくなります。
気持ちが落ち着くのは「気のせい」だけではなく、身体の状態が変わることも関係しています。
言い換えれば、空は“考えを変える”より先に、“呼吸の流れ”を整えるきっかけになりやすいのです。
青空を見た瞬間に、胸の奥の力がふっとゆるむことがあるのは、そのためでしょう。

昔の人が空を「お天道さま」と呼んだのも、よくわかります。
空は暮らしの中心で、季節の合図でした。
農の種まき、刈り取りの準備も、旅の道のりも、海での航海も、空の様子を見て決めてきました。
空を見ること、風を読むことは生活そのものでした。
便利になった今、空を見なくても風の声を聴かなくても暮らせます。
それでも、空を見上げると心が緩む感じが残っているのは、長い時間をかけて身についた“安心の感覚”が、まだ私たちの中に生きているからかもしれません。

ここで、もう一歩だけ視点を遠くへ運びます。
私たちが見ている青空は、実は「宇宙に向かう途中の、薄い大気の層が見せている色」です。
宇宙そのものが青いわけではありません。
大気があるから青く見えるのです。
つまり青空は、地球が生きている証拠でもあります。
太陽が輝き、空気があり、光が届き、私たちが息をしている。
その条件がそろって、今日の青が成り立っています。

ふだんの暮らしの上に、壮大なスケールの物語が重なっている。
そう思うだけで、日常の重さが少し別の姿に見えてくることがあります。

都会の空が区切られて見えるのは、空が小さいからではありません。
こちらの視界が、建物や電線で区切られているだけです。
けれど、その区切られた青には、都会ならではの良さがあります。
自然の青は、広さで包みます。
都会の青は、ふいに気づかせます。
「忙しくても、上には空がある」と。
その気づきが、意外なほど効いてくる日があります。

空を見つけるのに、長い時間はいりません。
信号待ちの数十秒でも十分です。
窓から見える一角でもかまいません。
もし少しだけ“出会いやすくするコツ”を挙げるなら、次の三つです。

一つ目は、雨上がりの晴れ間です。
雨は空気中のちりを洗い、視界を澄ませやすくします。
翌朝の青が、いつもより深く見える日があります。

二つ目は、冬のよく晴れた日です。
湿気が少ない日は、青がくっきり見えやすいことが多いです。
寒い朝の青が鋭く感じられるのは、気分だけではありません。

三つ目は、真夏の太平洋高気圧の真下にいる日
太平洋高気圧は南の乾いた空気。
梅雨の時期がうそのようにカラッとした青空を見ることができます。

四つ目は、空の濃淡を見比べることです。
真上の濃い青と、遠くの淡い青。
そのグラデーションに気づくと、空を見る時間が少し丁寧になります。
考えごとを追い払わなくても、注意の向きが変わるだけで心が落ち着くことがあります。

そして、ひとつだけ大事な注意も添えておきます。
都会で空を見るときは、足元と車にだけは気をつけてください。
空は逃げません。
安全に見上げるのがいちばん賢いです。

最後に、いちばん確かなことを置いておきます。
都会の空と自然の空は、つながっています。
これは比喩ではありません。
同じ地球の大気の下にある、ひとつづきの空です。
あなたがビルの間から見上げた青は、遠い雪原の上の青と同じ仕組みで生まれています。
その事実を思い出せるだけで、世界の感じ方が少し変わることがあります。
孤立しているように感じる日でも、頭上の空は、どこまでも連続しています。

悩みは消えません。
仕事も課題も残ります。
けれど、悩みが世界のすべてに見えていた状態から、世界の一部へ戻ることはあります。
空を見る意味は、そこにあります。
視野を広げ、呼吸を取り戻し、もう一度“自分の大きさ”を思い出す。

そして、心の中ですべてを受け入れて今の現実を認めて包み込んでみる。
空は、その思考の入口になってくれます。

空は、ときに特別な色や形を見せてくれます。
そしてその特別さは、遠くへ行った人だけのものではありません。
今日の暮らしの上にも、都会の上にも、同じように訪れます。
その空の向こうには、果てしない宇宙の物語も続いています。
だからこそ、ほんの短い時間でも、上を向いてみてください。
今日の青が、あなたの心の固さを少しだけゆるめてくれますように。
小さなことですが、確かなことだと思います。

この出逢いが偶然であったとしても、
それが時を経て、 あなたの心のどこかに必然となって残るなら・・・
これほど嬉しいことはありません。
この瞬間を、共有してくれてありがとう。
空がつないでくれた、あなたとの出逢いに
心からの感謝を込めて。


西谷尚之(にしたに ひさゆき)

株式会社イーハトーヴ代表取締役/プラネタリウム映像作家・写真家 1964年神戸生まれ。

幼い日に見上げた夕焼けや星空、夜明けの光を原点に、空と宇宙の美しさ、そしてそれが人の心に及ぼす力を50年以上にわたり観察・撮影してきました。プラネタリウム番組の制作は約50本にのぼり、代表作『ゴッホが描いた星空』は全国25施設で上映。写真シリーズ「見たことのない空」では、オーロラ、彩雲、幻日、環天頂アーク、環水平アーク、グリーンフラッシュなど希少な光の現象を世界各地で記録しています。12年前、苦難のさなかに出会った環水平アークが心を支えた体験を節目に、科学と感性を結ぶ表現を深めてきました。誰の上にも広がる空を通して、見る人がほんとうの自分と自らを生かす本来の時間を取り戻す瞬間を届けることを使命としています。

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