カフェ「しくじり」へようこそ

第18話 どうせ仕事をするなら、達成感を味わえるほうがよくないですか?

#連載エッセイ
#カフェ「しくじり」へようこそ

ここはカフェ「しくじり」。一見さんお断りの会員制だ。
ここでの通貨はしくじり。客がしくじり経験談を披露し、それに応じてマスターは飲み物や酒を振る舞う。
マスターは注意欠如・多動症(ADHD)の傾向を持ち、過去に多くのしくじりを重ねてきた。しかしある工夫で乗り越えてきた不思議な経歴の持ち主。会員のために今日もカフェのカウンターに立つ。
そんな奇妙なカフェのお話。

(カラン、コロン〜♪ カラン、コロン〜♪)

りんだ 「小鳥遊さ〜ん」

小鳥遊 「おや、いらっしゃいませ、りんださん」

りんだ 「最近、小鳥遊さんから教わった『仕事の手順書づくり』を同僚にも勧めているんです」

小鳥遊 「さぞ喜ばれていることでしょうね」

りんだ 「ええ! …ただ、『今日はこれをやったぞ!』という充実感のようなものがもっと欲しいって言われちゃって…」

小鳥遊 「同僚さんに、うまく返せなかったんですね」

りんだ 「そうなんです。『そうだよねぇ…』ぐらいしか言えなくて。なんでもっと役に立つことを言えなかったのかって落ち込んじゃいました」

小鳥遊 「フフフ、りんださん優しいですね。もっとその話を知りたいです。じっくり聞かせていただきますね」

****

りんだ 「その同僚には、仕事の手順書を作って管理すればうまく進められるよって伝えたんです。まずは仕事に名前を付けて、手順を書き出して…」

小鳥遊 「それらの手順を誰がやるのかを決めて、仕事とその手順に仮の締切を入れて…」

りんだ 「最後に、一番初めの手順に注目する。これが手順書づくりですよね」

小鳥遊 「おっしゃる通りです」

りんだ 「同僚は、パソコンでデータ管理しているみたいなんです。『一つ一つの手順を終わらせてチェックをつけていっているんだけど、なんかこう…充実感がないんだよな。これが今日やった成果です! バーン! みたいなやつが欲しいなぁ』って言うんですよ」

小鳥遊 「なるほど。たしかに、データで管理して、チェックマークをつけていくだけだったら、ちょっと物足りなくなってしまうかもしれませんね」

りんだ 「そうなんです。目に見えて成果が分かるようなものがあればなと思って…」

小鳥遊 「そんなりんださんには、焼き鳥をご馳走しますね!」

りんだ 「え、いきなりなんですか?」

小鳥遊 「焼き鳥はお嫌いですか?」

りんだ 「いえ…大好きです! 特に手羽先が。…いやそんなことより焼き鳥が何か関係あるんですか?」

小鳥遊 「厳密に言うと、焼き鳥自体ではないんですけどね。まずは召し上がってから続きをお話しましょう」

****

あっという間にりんだの目の前に焼き鳥の串が並ぶ。モモ、ムネ、ネギマ、皮、つくねに手羽先、レバー、砂肝…。

りんだ 「ああっ、美味しい〜! ビールが欲しいですー!」

小鳥遊 「もちろんご用意しています」

りんだ 「最高です!」

ビールを飲み、どんどん焼き鳥を食べていくりんだ。

小鳥遊 「フフフ、もしかしてとてもお腹が空いてましたか? 食べ終わった焼き鳥の串の本数がかなりですよ」

りんだ 「おおっ、こんなに私食べたんですね。これだけ食べたら今日のところはこれくらいにしておこうかしら」

小鳥遊 「これだけ食べれば、お腹も気持ちも大満足ですよね」

りんだ 「それで、今日の同僚の話と関連するのって、何ですか? モモですか? レバーですか? いや、もしかしてちょっとひねってビールが関係しているとか?」

小鳥遊 「フフフ、残念ながら全部不正解です。これからご説明しますね」

****

小鳥遊 「正解は『串』です。焼き鳥を食べ終わった後の串」

りんだ 「なるほど! さっき私串の本数を見て『結構食べたなー』って思いました」

小鳥遊 「それです。『終わったしるし』が視覚的に分かるようにしておくと、やり終えた充実感が湧きやすくなると思いませんか?」

りんだ 「そうですね。串が見えていなければ、まだまだ! って食べてたかも…。で、でも、それを仕事でどうやって再現するんですか? ひと仕事終えるたびに焼き鳥一本とか!?」

小鳥遊 「それができたら嬉しいですよね(笑)。えーと、たしか『仕事完了の可視化』をどうするかという話、でしたね」

りんだ 「はい、つい焼き鳥につられて話が別の方向にいってしまいました」

小鳥遊 「私は、『その日やることを書き出して、終わったら太い赤ペンでビーッ!』をお勧めしています」

りんだ 「…何かと思えば、ずいぶん古典的なやり方ですね」

小鳥遊 「フフフ、たしかに目新しさはないです。でも、仕事が終わったときに赤ペンで取り消し線を引くときの、あのちょっとした快感は癖になります」

りんだ 「たしかに、焼き鳥の串みたいに赤い棒がノートに並んでいくのは気持ちいいかも…。ただ、それって普通のTODOリストですよね。私、昔それで酷い目にあったんです」

小鳥遊 「どうされました?」

りんだ 「リストの項目が日を追うごとに増えていって、そのうち書ききれなくなっちゃって、『もうやーめた』ってなりました」

小鳥遊 「よくありますよね。それにはコツがありまして…。りんださん、もしかして『仕事の名前』を書き出していませんでしたか?」

りんだ 「仕事の名前?」

小鳥遊 「たとえば、『新製品企画書の提出』とか、『新入社員研修開催』とか」

りんだ 「あー、そうだったかもしれません」

小鳥遊 「仕事の名前ではなく、そこから切り出した細かい手順をノートに書くんです。『企画書のたたき台を作る』とか『研修する社内会議室を予約する』とか」

りんだ 「それなら、すぐに赤線引けますね」

小鳥遊 「そうなんです。赤線が並んで、『やったぞ』といい気持ちになります」

りんだ 「なるほど、『これだけやればもういいだろう』という満足感が味わえますね」

小鳥遊 「しかも出来たことを振り返ることで、仕事の進捗を整理したり、次やるべきことにちゃんと気づくことが出来ますよ。」

りんだ 「一石二鳥ですね! 鳥だけにっ!!」

小鳥遊 「フフフ。絶好調ですね、りんださん。ぜひ、同僚の方に勧めてみてください。『赤線ビーッ』と『細かく刻んで書く』です」

りんだ 「はい! 同僚に今度伝えてみます! …なんだか話していたら小腹が空いてきました。小鳥遊さん、あと二串とグラスに一杯のビールをください♪」

小鳥遊 「フフフ、少し元気なさそうでしたけど、すっかり元気になりましたね。何よりです」

****

悩みが解決し、スッキリ納得した状態で店を出て行くりんだを見送ると、マスターはスマホを取り出し、日課の店じまいツイートをしました。


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