健康に、美しく。世の中を変える美容メソッドを作り続けたい/新居理恵

新居理恵

エステ業界に革新を起こし続ける新居理恵さん。「健康な体のまま、痩せる」ことにこだわり、新たな痩身法を生み出してきた。「女性の美」のために奔走するその姿の裏には、アトピー性皮膚炎や過食に苛まれた自らの過去に対する、祈りにも似た思いがあった。

大阪で生まれ育った新居さん。三姉妹の末っ子で、小さなころは引っ込み思案、しゃべるのが得意ではなかったという。
父は土地家屋調査士で、社員10人ほどの会社を経営していた。日本経済が右肩上がりで伸びていた時代であり、家業も順調だったことから、小さい頃は「お嬢様」だったよう。
「ありがたいことに、経済的に苦労した記憶はありません。両親は、小さいころからいろいろな場所に連れて行ってくれ、たくさんのきれいなものを見せてくれました。6歳の時のハワイ旅行は、今もよく覚えています。空は鮮烈に青く、雲は真っ白、ジュースやお菓子のグミもとにかくカラフルで、こんなきれいな世界があるんだ、と感動しました。その時に、海外に対する興味が広がりました」

この好奇心が、内気な少女の心を少しずつ動かすことになる。
15歳のときに、両親が家で交換留学生を預かることになり、アメリカのシアトルから3人の若者がやってきた。最初こそうまく話しかけられなかったが、いつしか好奇心が勝って、自ら積極的にコミュニケーションを取っていた。それがきっかけで、翌年にはシアトルに1か月の留学を体験。アメリカの自由闊達な気風に触れ、人とのコミュニケーションに関心を持った。

しかしそれでも、やはり人前に出てしゃべるのは苦手だった。
「私はアトピー性皮膚炎を患っていて、思春期の頃というのは病状がひどくなりやすいんです。ステロイドでおさえてはいたのですが、それでもやはり人と会うのは気後れしてしまいました。少しでもきれいになりたくて、ファッション誌に載っている流行りのダイエットを試したりしていたけれど、当時のダイエットは“リンゴだけを食べ続ける”など健康的とはいえないものばかり。体重は落ちても、皮膚や髪がぱさぱさになってしまって……。もともとすごく太りやすい体質なので、ちょっと食べればすぐにリバウンド。食事の後に、太るという恐怖感から指を突っ込んで吐き戻してしまうようなこともよくありました」

思春期のまっただ中で、新居さんは自らの病気や不安定な心と向き合うすべを持たず、立ちすくんでいた。

そんな新居さんを変えたのが、大学3年で行った海外留学だった。
ニュージーランドのクライストチャーチで、7か月間のんびりと過ごした。
「留学してすぐに、アトピーが治ったのには驚きました。留学先はすごく田舎で、空気も澄んでいたけれど、やはり水がきれいだったことが、改善の理由だったと思います。現地では、水はすべて地下水で、飲み水や料理に使う水も、お風呂の水も、地下水を使っていました。滞在して半月もしないうちに、肌が自分のものとは思えないくらいつやつやになって、うれしかったし、自信もつきました」
太る体質は相変わらずだったが、ニュージーランドの人々は外見よりも人柄で評価する気風があり、太っても周囲から好奇の目で見られるようなことがなかったため、コンプレックスを払しょくできたという。
「留学を通じ、メンタル的にずいぶん強くなりました。世間の目に流されず、自分の気持ちや思いを起点として、自らの意思で行動を起こすことの大切さを学べたことが、人生のターニングポイントになったと思います」

帰国後1か月で、アトピーが再発。体重も増え、細い姉たちと一緒にいると「姉妹とは思えない」と笑われたりもした。しかしそんな声も、以前ほどは気にならなくなっていた。

大学卒業後は、大手英会話学校に就職。当時、「女性は事務職」というのが定番だった中で、あえて総合職を選択したのも、周囲の目より自らの意思を大切にした結果だった。

「窓口営業の仕事をしていたのですが、それも今につながる財産となりました。会社では、徹底して教育してもらいましたね。なぜ英語が必要なのか、英語を習うと人生がどう変わるかなど、セールストークへのこだわりもすごかったし、クレーム対応の精度も高くて、学ぶことは多かったです。その経験をベースに、緊張している相手をほぐしたり、願いを聞き出してそれに寄り添ったり、なにが必要なのかを探ったりといった、自分なりのトーク技術ができあがり、エステ業界での成功につながりました」

その後、結婚を機に25歳で仕事を辞め、専業主婦に収まった。
しかしそこで、自分がいかに世間知らずかがわかったそう。
「結婚の前後で、夫と自分の貯金を1か月で使い切ってしまいました。車を買い替え、豪華な新居に引っ越し、家具は海外製で揃え、新婚旅行でも贅沢をして、などとやっていたから当然なのですが、両親にお金を借りねばならない状況になってはじめて、自分の金銭感覚がずれていることがわかりました。明日を生きるお金がない、という経験は大きなトラウマになりましたね」


今ではすっかり女性実業家の顔に。

まずは自分でしっかりお金を稼がなければならない。そのためには、どうすべきか。
ふっと頭に浮かんだのは、父の姿だった。
「30歳になるまでに、私もビジネスを立ち上げて、会社を作ろうと決めました。具体的に何をしたらいいかはわからなかったので、とりあえずいろいろな仕事を経験することから始めようと思いました」

クレジットカード会社の営業、有名テーマパークのオープニングスタッフ……。派遣社員や契約社員という形態で、やったことがない分野に敢えて飛び込むようにした。
どの会社でも、海外仕込みの積極性を発揮し、企画やアイデアをどんどん出した。しかしそれらはほとんど採用されず、経営陣に届くことすらまれだった。
「私はアイデアを出すのが好きだし、得意でもあると思うのですが、若い女性の派遣社員の意見に耳を貸してくれるような会社は、当時ほぼありませんでした。じゃあ好きなことは自分で実現するしかない、と感じたのも、自営業という道の選択にいたる理由のひとつでした。」

30歳になった年の、夏。
友人と出かけたベトナムで、運命の出会いがあった。
「あるエステに行ったのですが、それが本当に心地が良くて、これまでにない体験ができました。2時間の施術の中で、10回もトイレに立ちました。それだけ老廃物を出す効果が高かったということで、施術後はまるで羽が生えたかのように身体が軽くなったんです。その感動があまりにも大きくて、そこで直感的に“エステをやろう”と決めました」

とはいえ、エステの仕事は一度も経験したことがなかった。施術の仕方ひとつ知らなかった。
それでも新居さんは、自らの心の赴くまま、行動した。
「脂肪を溶かす高周波温熱機器を中古で一台買って、その講習を受けてから、自宅の部屋でエステを開業しました」
もちろん、エステティシャンのような手技を施すことはできない。とりあえず機械を使って脂肪を溶かすまでを行い、「あとは水を飲んで、ウォーキングをしてください」と顧客に伝えて帰してしまっていた。
それでも、エステはすぐに評判になった。朝の6時から夜11時まで、ひっきりなしに人がやってくるような状況だった。
「なぜヒットしたかといえば、まずは過去に培ったセールストークのおかげです。プロのエステティシャンは皆、ハイレベルな手技を持っていますが、その反面、効果をどうお客様にアピールするか、どうやったら自分のファンになってもらえるか、というようなセールストークが苦手な方も多くいらっしゃいます。現在、エステサロンのコンサルティングを行う中でも、その傾向が未だにあると感じます。私は相手の心に届くセールストークの技術を磨いてきたので、手技が未熟でもお客様がついてくれました。そしてまた、お客様が私の言うことに耳を貸し、素直にウォーキングしてくれたのも大きかったですね。みんな実際にどんどん痩せていったので、口コミで評判が広まりました。エステは、固定のお客様が付けば安定した経営ができるビジネスですから、売り上げは順調に伸びました」

始めはマイペースに行っていたが、3年も経つとさすがに自分だけでこなしていくのに限界を感じ、エステティシャンをひとり雇用した。
その女性は、ひどい肩こりの持ち主で、仕事中あまりに肩こりがひどいと、吐いてしまうほどだった。それを見かねた新居さんは、なんとかできないかと考え続けていたが、そこでとあるアイデアが芽吹いた。
「当時私が使っていたコスメは、人体と同じバランスでミネラルが含まれているというもので、アトピーが比較的おさまっていたんです。ミネラルは通常水には溶けないのですが、それを安全に溶かす技術を持った会社に作ってもらっていました。ミネラルが溶けた水では、プラスとマイナスの電子が生まれます。その水をベースにコスメを作る事で、身体のバランスが整い、美容成分の浸透や老廃物の排出がスムーズになるというサイクルができて、結果的に細胞一つひとつが元気になります。そんな浸透しやすいコスメに、もし肩こりに効く成分をプラスすることができれば、ひょっとしたら効果があるのではないか。そう考えました」

肩こりは血流が悪くなるのが原因で起こるため、コスメには血行が改善される成分をブレンドしてサンプルを作ってもらい、さっそくそれを社員に試してもらった。
すると、肩こりが大きく改善したばかりか、周囲のぜい肉が消え、結果的に肩の位置が2センチ下がるという想定外の効果があることを発見した。

もしかすると、塗るだけで痩せる、夢のようなクリームができるのではないか――。
新たなアイデアが生まれた瞬間だった。

新居さんは持ち前の実行力で、化粧品の開発に着手。医師やエステティシャンたちからもアドバイスをもらいつつ、試行錯誤の末に「ノンFエナジークリーム」を完成させた。
「試してもらった人が次々に痩せていったので、それが自信になりました。そこで本格的に販売することにしたんです」
化粧品製造販売免許も取得し2013年に販売を開始。売り先は全国のエステサロンで、自ら営業に回り、エステティシャンたちに効果的な使い方を指南した。

これまでになかった「痩身クリーム」の誕生は、エステ業界を揺るがし、大ヒット。
ダイエットコスメのパイオニア――。新居さんが経営する株式会社マッコイは、一躍、注目を集めるようになった。

社内でスタッフとともに商品について話し合う新居さん。今では22名の社員がいる。

新居さんは、忙しく全国を飛び回っていたが、日々の仕事をこなす中で、さらに新たなアイデアを得ていた。
「知り合いのスポーツトレーナーさんから連絡があり、『普段、筋膜をはがすストレッチを行うのはすごく大変なのに、痩身クリームを塗ったら簡単に筋膜がはがれるようになった』と言うんです」
筋肉を包んでいる筋膜は、やわらかい組織であり、その分萎縮や癒着が起きやすい。萎縮や癒着により筋肉の柔軟性が失われ、痛みやコリの原因ともなる。それを予防するために、スポーツ医学の世界では、「筋膜をはがす」ストレッチを行うことが推奨されていた。
「痩身クリームの血行アップ効果が、筋膜もまた柔軟にしているということが想定できました。さっそくそのスポーツトレーナーさんから筋膜はがしのストレッチ法を教えてもらい、そこにエステの手技をプラスして誕生したのが、“筋膜リリース”です。医師からもアドバイスを受け、医学的見地からも効果があることが示せたため、自信を持って世の中に出せました」

痩身クリームと筋膜リリースの併用により、血流と代謝が大きく上がり、さらなるダイエット効果につながる。この画期的なアイデアはすぐに評判となり、エステティシャン向けの筋膜リリースの講座は常に満員。メディアで取り上げられたことも大きな追い風となって、株式会社マッコイはさらなる成長を遂げ、エステ業界の革命児として不動の地位を築くまでになった。

エステティシャンたちを前に講演する様子。思わず熱が入る。

そうして大成功を収めているにも関わらず、新居さんはひとつの不満を抱えていた。
「筋膜リリースは、確かに結果がでるのですが、施術にどうしてもある程度の痛みが伴うということがありました。また、お年寄りや子どもに対しては刺激が強すぎて、お勧めできないメソッドでした。どうにかして、痛みなく施術ができないか。誰もが健康になるために使えるようなメソッドはないか。そればかり考えていました」

3年に渡り、医師やエステティシャン、スポーツトレーナーから継続的にヒアリングを行い、まだ見ぬ筋膜リリースの進化版を探し続けた。
その過程で、新居さんの意識にひっかかったキーワードが、“軟部組織”だった。
「軟部組織とは、心臓・骨格以外の筋膜・人体・腱・脂肪組織などの結合組織のことです。そして軟部組織の中で、直接触れることができるのが、皮膚。そこにアプローチする事でその下にある”浅層筋膜”の歪みを正常に戻せば、周囲に存在するリンパや血液の流れを促進するとともに、より深部に存在する筋膜や骨格筋までもが正常な状態になる。それがわかったことが、私が追い求めていた理想的なメソッドの開発のきっかけとなりました」

そうして完成したのが、“軟部組織リリース”。
皮膚をねじるだけ、というシンプルなメソッドを実践するだけで、3~4日で効果が現れ、続けるほどに、体重が減る、むくまなくなる、代謝が上がる、便秘が改善するなど、どんどん健康になっていく。施術の痛みもなく、赤ちゃんからお年寄りまで、誰もが実践できる。

それを一冊にまとめたのが、著書『皮膚ねじりダイエット』であり、「ゆがんだ皮膚を“ねじる”だけで、あらゆる部位が劇的に細くなる」という鮮烈なキャッチコピーとともに、全国の書店に並ぶと、瞬く間に注目を集めた。

「結局、私が目指していたのは、30歳で体験した、ベトナムのリンパマッサージなんです。ずっと心地よくて、終われば羽が生えたように身体が軽くなって……。軟部組織リリースは、それに限りなく近づけるメソッドだと思っています」

新居さんには、エステ業界に関わるようになって以来、ずっと思い続けてきた、信念があるという。
「美容というのは、絶対に健康的でなければいけない。その意識を忘れたことは一度もありません。私自身も、アトピーに悩み、不健康な美容法で身体を痛めてきたという過去があり、同じように辛い体験をする人が出てほしくない、という思いは大きいですね。ある意味では、過去の自分を救うために、健康に痩せるメソッドを追い求めてきたのかもしれません」

現在は、アトピー性皮膚炎専用のクリニックを建設する計画を進めているというが、そこにもまた、思春期のひとりの少女の祈りが、反映されているのだろう。

「今、私が伝えていきたいのは、女性はいくつになっても輝き続けられるということです。40代以降の世代は、女性は結婚したら家にいるべき、働いてはいけないという価値観のもとで、自分の可能性を試したくとも、どうしても委縮してしまいがちでした。そうした世代に、私がエステやメソッドを通じ、健康的な美を届けることで、彼女たちが自分に自信を持って新たなチャレンジができるようになるといい。それをひとつの目標に、これからも走り続けていきたいですね」

(取材/文 國天俊治、トップ写真 サンクチュアリ出版 大川美帆)


新居理恵(あらい・りえ)

元ミスワールドジャパン2014 ビューティーアドバイザー。
株式会社マッコイ代表。1973年生まれ。

20代までダイエット、リバウンドを繰り返し、なかなか思うようにいかない過去をもつ。
そんな試行錯誤の経験をもとに、2005年に株式会社マッコイを設立し、エステサロンを開業する。
痩身クリームの商品開発に乗り出し、「ノンFエナジークリーム」が大ヒット。
日本の著名人はもちろん、海外のセレブリティからも絶大な支持を集める。芸能人、プロスポーツ選手、格闘家など、愛用者は幅広い。

医師監修のもと開発した痩身エステメニュー「軟部組織リリース」は、短期間で確実に痩せると、エステ業界で評判をよぶ。
2017年4月にはプロ向けにスクールを開講。
今では「軟部組織リリース」を看板メニューとするエステサロンが150店舗あり、引き続きマッコイ認定サロンが全国で増加中。
エステ業界、次世代のカリスマとして注目を集める若手女性実業家である。

株式会社マッコイ http://www.mccoy-nonf.com/


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